表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
看板娘は少女を拾う  作者: 有坂加紙
第八章 少女はもう、戻らない
107/173

雨 その1

2019/11/6 追記

扉絵を掲載しました(作:香音様)

挿絵(By みてみん)





 北門とは異なり、ブランカの南門の人通りは多い。

 理由は単純だ。王都への街道が繋がるからである。


 門に併設された石造りの衛兵詰め所は北門のそれより一回り大きいし、壁の上に設えられた回廊には、昼間であれば自由に登れるようになっている。


 秋が終わろうとしているこの時期、壁の上は外套を着ていても冷える。


「やっぱりここかよ」

「……ジェス」


 回廊の石壁に両手をついたままでケトが振り返ると、見慣れた少年の姿がそこにあった。その表情は相も変わらずの仏頂面だ。寒さのせいか、少し鼻を赤くしている。

 石でできた胸壁の上で丸くなっていた猫のミヤが、ちらりと片目だけ開いて、ジェスを見上げていた。


 ケトは何も言わずに視線を外に戻した。

 どこまでも続くどんよりとした曇り空。曲がりくねった道と草原。目に映るのはそれが全て。どれほど目を凝らしたところで他には何も見えない。


「……マーサおばさんが心配してたぞ。まだ戻らないのかって」

「……」

「寒くないのかよ」

「……寒くないもん」


 つっけんどんに返しながら、ケトは胸元の外套を引き寄せた。


 厚手の生地は、ちゃんと風を遮ってくれているはずなのに。

 ジェスに言われた通り、ケトは震えを我慢していた。それが果たして、風の冷たさによるものなのか、心の内から忍び寄る冷たさによるものなのか、ケト自身よく分からない。


 踏み台代わりにしている横長の木箱が揺れる。隣を見るとジェスが少女の隣によじ登ってきていた。

 元々そんなに大きくない箱だから、二人並ぶと少し狭い。どちらともなく雲に覆われた空を見上げていると、ミヤが一声「みゃー」と鳴いた。


「……ジェスは、何も言わないんだね」

「言ったってケトは聞かないじゃんか」


 大人たちは、口を揃えてケトに言う。

 少しだけだよ。冷えるから、すぐ戻ってきなさい。


 その言いつけをケトは守ったためしがない。

 ガルドスに頼まれたのか、それとも気を効かせてくれたのか。エドウィンが倉庫から引っ張り出してくれた木箱に乗って、外套をきつく巻き付けて、ケトは今日も町の外を見つめる。


 シアおねえちゃんが戻ってきたら、真っ先にその顔を見つけられるように。真っ先にその腕の中に飛び付けるように。


「へくちっ」


 寒い。この身より、心が。


「……気が済んだら、ギルドに戻ろう」

「……やだ」

「サニーとティナが、クッキー作ったんだ。貴重な砂糖使ってさ。ギルドで待ってるから、後で食べてやらないと、二人とも怒るぞ」


 少年の方を見ると、彼は少しだけ大人びた瞳で町の外を見ていた。

 ジェスはいつだって、ケトより大人だ。そんな彼を見ていたら、少女の口がひとりでに開いていた。


「ねえ、ジェス」

「あん?」

「……どうしたらいいのかな。どうしたら、わたしは強くなれるのかな」


 最近日課になった問いかけ。

 姉が残した宿題。対するジェスの答えも毎日同じだ。


「……分からない。でも、このままじゃきっとダメだ」

「うん。このままじゃ、強くなれないよ……」


 強くならないと、ケトの願いは叶わない。

 きっとシアおねえちゃんには二度と会えない。でも強くなる方法が、少女にはどうしても分からなかった。


「戻ろ、ジェス」

「いいのか?」

「……うん。ガラクタ探しながら、ギルドに帰る」


 踏み台にしていた木箱を隅に片付けている間に、むくりと体を起こしたミヤがケトの足元にすり寄っていた。エドウィンにきちんと頭を下げてから、ケトは表通りの石畳へと足を踏み出す。


「いつものところでいいか?」

「うん」


 西町の手前の空き家は、子供たちの穴場だ。そこに捨てられた家財道具を崩して売れば、ちょっとした金になる。特に冷え込む今の時期、木材は薪としての需要が高まるから、なおさらだ。


 孤児院においで。そんなダリアの申し出を断ったのは、ケトなりの意地でしかない。

 少しでも元の生活のままに近づけたくて、エルシアと同じ長屋に住んでいたミーシャに無理を言った。今もまだ、彼女の好意に甘えて寝泊まりさせてもらったままだ。住まわせてもらっている分、せめて少しでも金を入れる必要があった。

 

「ねえ、ジェス」

「なんだ?」

「ありがと」

「別に、いい」


 口調こそぶっきら棒ではあっても、彼が自分を気遣ってくれているのが分かって、ケトはほんの少しだけ口元を和らげた。


―――


 ガルドスが依頼をこなして帰ってくると、ギルドの中庭から子供の声が響いて来た。耳を澄ませながら彼がカウンターへと向かうと、受付を陣取っていたマーサが目線を上げる。


「魔物の数もそこそこ戻って来たかねえ」

「依頼が出るくらいにはゴブリンの数も増えてきたしな、ああ、そういや今回オーガの足跡も見つけたよ」


 大銅貨をジャラジャラと受け取りながら大男が言うと、カウンターの向かいでマーサが目を丸くした。


「そりゃ大変だ。場所を教えてもらった方が良いかもしれないね。地図を出してくるから後で声かけるよ」

「……ケトは?」

「中庭だよ。今日は戻って来るのが早かったね。先に顔を見てくるかい?」

「ああ、そうするか」


 マーサはどことなく寂しさを滲ませながら「ジェスさまさまだよ、本当」と笑った。


―――


 大男が中庭へ続く扉を開けると、近くに居たサニーとティナが驚いたように振り向いた。


「うひゃっ!」

「ああ、悪い。驚かせたか」

「ガルドスさん」

「こんにちは」


 ぱちくりと目を瞬かせていた二人が、ぺこりと頭を下げる。「おう」と返したら、サニーがくすくすと笑った。


「ちゃんと挨拶しないと、院長先生に叱られるのよ?」

「ジェスはそれで朝怒られてた」

「……そいつは怖いな。こんにちは、だ」


 はじめこそ大男の図体に驚いていた子供たちだったが、近頃は大分打ち解けたうように思う。今の二人の言葉には友達と接するような気安さがあるし、特にサニーくらいの年の子は随分とませ始める。


 ……やめよう。昔のエルシアを思い出してしまった。


 二人と一緒に、視線を中庭の奥へ。


「えいっ、やあっ!」


 ケトは果たしてそこにいた。


 振り下ろした木剣が空気を切り裂き、鈍い音がガルドスの耳にまで届く。

 隣ではジェスも素振りをしていた。元はと言えばケトの護身のために始めた鍛錬に、子供たちが参加するようになったのはいつからだろう。

 特別にあつらえた短めの木剣もいつの間にか本数を増やし、ギルドの倉庫の壁に立てかけられている。


「おう、頑張ってるな」

「ガルドス」

「うっす」


 ゆっくりと近づくと、ケトが素振りをやめて「おかえり」と言った。少年は今日もぶっきら棒な言葉を発して、サニーとティナに「挨拶!」と突っ込まれている。


 腰に巻かれたベルトからロングソードを鞘ごと外す。クルリと回して重さを確かめてから、ガルドスは少女に向き直った。


「ちょっと付き合え、ケト。ジェスもいいぞ、いっぺんに来い」

「うん」


 剣を中段に構えて、子供たちに声を掛ける。はじめの頃のような戸惑いも緊張も、もう少女からは感じられない。ある意味慣れきった、日々の鍛錬。


 ケトが飛び込んで来た。風切り音を立てて剣先が唸る。これにガルドスは何度吹き飛ばされたことか。


「やあっ!」


 まともに受け止めるなんて馬鹿な真似はもうしない。重心をずらしながら剣を傾け、上滑りする木剣の音を聞きながら、力を抜いて逆側へ。

 柄が鈍器となり、少女の腹を狙う。必中の距離にもかかわらず、ケトは人間離れした腕力で力任せに木剣を引き寄せてみせた。ガツンと鈍い音。良く腕がもつものだ、と大男は感心してしまう。

 乱入してきたジェスは軽く転がし、唸る少女の木剣を紙一重で回避。大男は次の動きを考える。


 例え我流であったとしても、随分と剣の扱いが上手くなった。この間は目の前で止まった剣の柄に目を丸くしていたのに。少女は確実に、技術を吸収しつつある。


 こんなことをしたって、エルシアは戻ってこないのに。


 それは当然、ケトだって分かっているのだろう。彼女の剣筋には、以前見られなかった焦りが滲んでいる。強くなることに固執し始めたころからずっとそうだ。


 少年の剣を弾き飛ばし、ケトに足払いをかける。やはり少女はあり得ない距離を跳躍して。そう、飛び上ったなら着地点が狙い目だ。


 エルシアのことを、目の前の少女はどれだけ理解しているのだろう。

 姉が残した王印の押された手紙を共に読み、ダリアやロンメルから真実を聞いたところで、たかだか十歳の少女の理解が追いつくとは到底思えない。

 それでも、なぜ、なぜと、大人たちに片端から聞いて回ったのは、どうにかしてエルシアに会いたいから。痛いほど分かるその気持ちとは裏腹に、ガルドスにもしてやれることは、何一つない。


 如何せん、エルシアの立場だって王都ではあやふやなのだ。

 そんな中で、異常な力を持つ少女が傍に行けばどうなるかなんて、ガルドスにだって想像に難くない。そこはきっと政治と陰謀の世界。絡めとられて、引きずり出されて、良いように使われる未来が見えてしまう。


 エルシアの判断は正しい。全くもって、どこまでも、正しい。

 ただ一つ、少女や大男の心を置き去りにして。


 やはり人間には不可能な機動で、着地点への攻撃を回避した少女。だが、その逃げ先はどうしても限られる。

 一拍置いた後で、少女がぎくりと目を見開き、歯を食いしばるのが分かった。


「……勝負あり、だ。ケト」

「ううー……。まただ……」


 悔しそうな顔で、ぴたりと首元につきつけられた鞘に触れるケト。不機嫌さを隠そうともせず、やるせなさそうに言う。


「もっかい!」


 途中から隅っこで目を回していたジェスが、ピョンと跳ね起きる。望みに答えてもう一度剣を構え直したガルドスだったが、その矢先に鼻先に冷たい感触を認め、空を見上げた。


「雨か……」


 とりあえず、今日はここまでだ。

 ガルドスがそう呟くと、ケトは眉間の皺を一層濃くして、「こんなんじゃダメなのに……」と吐き捨てた。

【お知らせ】9/22投稿分につきまして


いつもお読みいただきありがとうございます。

明日9/22ですが、二話分の更新とさせていただきます。

19:00に「雨 その2」、20:00に「その3」投稿となりますので、閲覧順にどうぞご注意ください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ