プロローグ 町のギルドの看板娘
初投稿です。エルシアとケトの二人を、どうか暖かく見守ってやってください。
2019/9/18 追記
扉絵を掲載しました(作:香音様)
いらっしゃい! 冒険者ギルドにようこそ!
あら貴方、見かけない顔ね。ブランカのギルドは初めて? それなら先に中を案内しましょうか。大丈夫、すぐに終わるって。こんな田舎町だから、ギルドもこぢんまりしているもの。
ああ、自己紹介が遅れたわね。私はエルシア。このギルドの職員よ。よく受付にいるから、今後ともどうぞお見知りおきを。
さて、入口を入ってまっすぐ奥が受付よ。
依頼を受けたい時や、冒険者の登録をしたい時はここに来てね。他の細々した用事もまずはここに来てもらえれば案内するわ。店番は私がやってるから、気軽に声をかけて。
ロビーに沢山置いてあるテーブルや椅子は自由に使っていいわ。常連さんたちも、みんなよく集まっているし。ここで武器の手入れをする人もいるわね。
受付のすぐ左側に掲示板があるわ。依頼はここに貼り出しておくから、気になったものがあったら持ってきてね。
ああ、でも私たち職員で依頼の危険度を設定しているから注意してね。実力に合った依頼しか受けられないようにしているのよ。危ないからあんまり難しい依頼を持ってきても駄目よ。
え、実力の見分け方? 貴方ひょっとして新人さん? もしかして、今日は冒険者の登録に来たとか?
おっと、ごめんなさい。依頼の見分け方の話だったわ。
冒険者はみんな”ギルドカード”を持っているの。冒険者の登録をするときに作ってもらうんだけどね。この札の中に自分のランクが書いてあるから、それで見分けるのよ。
最初はみんな”木札”からはじめて、昇級試験に合格するごとに”石札”、”錫札”、”鉄札”という風に上がっていくの。
ちなみにうちの常連さんで一番腕が立つのはガルドスって奴。彼は小さいころからバカだったけど、腕っぷしだけはピカイチなの。この町有数の”銀札”よ。
”金札”はいないのかって? もっと大きな街に行けば会えるんじゃないかしら。私も話でしか聞いたことないんだけどね。
さて、案内に戻りましょうか。
奥の階段を降りたら食堂ね。マーサさんの料理は絶品よ! ボリュームもあるから、おなかペコペコで戻ってきてもきっと満足するわ。
ちなみに私のおすすめは塩漬け豚のロースト。ほっぺた落ちるほどおいしいんだから。ギルドに登録すれば、それがたったの五ラインで食べられるわ。五ラインよ、五ライン。最高じゃない?
今度は二階に上がるわね。ここには医務室があるわ。依頼の最中に怪我する人もいるからね、やっぱり薬は充実しているのよ。後はまあ、ギルド長の部屋くらいかしら。まあ、あの人結構歳いっているから、よっぽどのことがない限り出てくることもないんだけどね。でも舐めてかかると痛い目見るわよ。この町で唯一魔法が使えるんだから。
さて、案内はこれくらいかしらね。
私は受付に戻るから、じっくり考えて、何をするか決めたら声かけてね。
それでは、貴方に幸運のあらんことを。
――――
エルシアはギルドの看板娘だ。
その肩書が示す通り、彼女は田舎町ブランカで冒険者ギルドの職員をしている。受付のカウンターを定位置にして、時に忙しそうに、時に暇そうに、彼女は大抵そこにいる。
大きな栗色の目、高い鼻、整った顔立ち。亜麻色の癖っ毛を肩まで伸ばして揺らしている。化粧っ気を感じさせない顔に明るい表情を浮かべ、ギルド職員の制服であるエプロンドレスを華麗に着こなす。
このあたりでは一番の美人だと有名で、若い冒険者たちにはあこがれの的。そんな彼女は、今日も今日とて仕事に励む。
「あら、いらっしゃい。カーネルさん、今日は早いのね」
入口のドアにくくり付けられたベルが鳴れば、それはお客さんが来た合図だ。看板娘はくるりと振り向く。
「おう! おはようエルシアちゃん。今日も相変わらず美人だねえ」
やってきたのは中肉中背の冒険者。安い革鎧を身に着けた男は、掲示板から依頼書を手に取るとカウンターまでやって来る。常連さんの顔を認めたエルシアは、カウンター越しに依頼用紙を受け取った。冒険者のお世辞には生返事を返しておく。
「ありがと。でもそんなお世辞ばっかり言ってると、息子さんに嫌われるわよ?」
「そりゃ困る。ジェスは反抗期にはまだ早いぞ」
カーネルは笑いながら、懐から”鉄札”を取り出した。
「はい、ありがとね。依頼は”アルミラージの討伐”。……これでいいの? もっと報酬が良い依頼もあるのに」
「この間、町の外の麦畑がアルミラージどもに食い荒らされたって話を聞いてよ。それは早い所狩っといた方がいいだろう? 作物を食い散らかされたら敵わん」
ニコニコ笑いながら答えたカーネルの言葉に、彼女は眉を上げた。
「……カーネルさん、意外といいとこあるじゃない」
「そうだろう? もしかして惚ちまったか? 嫁に先立たれてもう五年経つし、新しい美人の嫁さん連れて帰っても良い頃合だろ! ま、息子に何言われるか分からんけどなあ、なんてな!」
「少なくとも、天国の奥さんが怒り狂うわね。天国で夕飯抜きにされたりしないようにね」
エルシアは常連に胡乱な目線を向けながら、依頼用紙に羽ペンを振るった。目線を藁紙には向けず、器用に何事か書きつける。
「ノルマは五匹ね。目撃したって話は東側に集中しているわ。畑の近くの林が狙い目かも」
「分かった。そんじゃまずは東門に行ってみるとするか」
「息子さん、待ってるんだから怪我しないようにね」
「怪我してエルシアちゃんに看病してもらうのも悪くないな……」
「バカなこと言ってないで、早く行きなさいよ。もう」
笑いながらカウンターから退散したカーネルに、エルシアはもう一度声をかけた。冒険者たちの無事を祈る、お決まりの文句だ。
「カーネルさん、貴方に幸運のあらんことを!」
再びドアのベルの音を響かせた冒険者が振り返る。
「おうよ!行ってくるぜ!」
カーネルを追い払うと、エルシアはカウンターの上の藁紙に、さらさらとカーネルの名前を書き付けた。受注中の藁紙の束の上に乗っければ、後は彼の帰りを待つだけで良い。
冒険者ギルドというだけあって、ギルドのお客さんには荒くれ者が多い。先程のように揶揄われるようなことはしょっちゅうだ。これを躱せないようでは、受付嬢なんとても務まらない。
これがエルシアの日常。いつも通りの毎日だ。