赤月さん、同級生を昼食に誘う。
暫く三人で文章を現代語訳していると、背後から小さく声をかけられました。
「赤月さん」
その声に振り返ると案の定、私の後ろに大上君が立っていました。どうやら、別の場所で行っていた班作業が終わったようですね。
「大上君」
「もうすぐ二限目が終わるけれど、そろそろお昼ご飯を食べに食堂に行かない? 山峰さん達もすぐに来ると思うし」
大上君の言葉に、私は図書館の壁にかかっている時計に視線を向けました。あと五分程で、二限目は終了するようです。
「そうですね」
私は作業する手を止めてから、来栖さんと奥村君の方へと視線を向けます。彼らも時計を見て、そろそろ昼頃だと確認したようです。
「む。もうお昼か。時間が経つのは早いな」
「それじゃあ、今日の作業はここまでと言うことで。続きは明日だな」
二人は手元にあった資料や辞書を片付け始めます。
「ああ、そうか。赤月さんの班は奥村君と来栖さんが一緒なんだね」
どうやら大上君、私のことしか見ていなかったようですね。今、初めて二人が居ることに気付いたみたいなことを言っていますが、悪気はないのでしょう。
それにしても大上君が二人の名前と顔を一致させて覚えているなんて、意外でした。
「赤月さんと一緒の班なんて、羨ましい……じゃなかった、ごふん、ごふんっ」
大上君の呟きは私にはしっかりと聞こえていましたが、何も聞かなかったことにしました。
「君は確か、大上伊織か。随分、赤月と一緒に居るところを見かけるが二人は付き合っているのか?」
「突然、直球過ぎるだろ……」
来栖さんの発言に対して、奥村君がぼそりと青い表情で呟く声が聞こえました。
「え? 俺と赤月さん? んー……。俺は赤月さんと付き合いたいなぁって個人的に思っているけれど、今はまだ付き合っていないよ。でも、そのうち恋人になる予定だから、宜しくね」
「そうか。理解した」
「今の言葉のどこをどのように理解したんですか、来栖さんっ!?」
明らかに大上君の願望だらけの発言だったではありませんか。そして、どんどん爽やか好青年の顔の皮が剥げてきていますよ。
奥村君が大上君のことを「こんな奴だったのか?」って、驚きの表情で見ていることに気付いて下さい。あなたに対する印象が変わっていっていますよ。
「まぁ、まぁ、赤月さん。傍目で恋人に見られるなんて、俺としては嬉しい限りだよ? ……納得いかないって人もたまにはいるみたいだけれどね」
最後の一言は何と言葉にしたのか聞き取れませんでしたが、大上君は名案が浮かんだと言わんばかりの表情をすぐに浮かべて、来栖さん達の方へと向きなおります。
「そうだ。良かったら、来栖さんと奥村君も一緒に食堂へ行かない? あまり喋ったことがなかったよね?」
「え?」
眩しすぎる爽やかな笑顔で大上君は二人へと訊ねます。
「せっかく、同級生になったんだし、色々と話してみたいなと思っていたんだ」
そうだよね、と言って大上君は私へとウィンクしてきます。
もしや、私に同級生の友人がいないので、これを機会に来栖さん達と仲良く出来るようにとセッティングしようとしているのではと気付きました。
このまま大上君ばかりに気遣ってもらっては、私自身の成長に繋がらないでしょう。私は勇気を出して、二人へと訊ねました。
「……あのっ。お二人に時間があれば……食堂で一緒にお昼ご飯を……食べませんか……」
勇気を出したというのに、最後の方は声が小さくなってしまいました。恥ずかしさが込み上げてきて、穴に入ってしまいたい気分です。
どんな返事が返ってくるのでしょう。そう思って待っていると、ふっと息を漏らすような音が来栖さんの方から聞こえてきました。
「そう言えば、今日の学食の日替わり定食は生姜焼きらしいな」
来栖さんは鞄を肩にかけつつ、立ち上がります。
「奥村。君は、生姜焼きは好きかね?」
「……好きだが、俺としてはもう少し軽めのものを食べたい。確か、学食のメニューに野菜炒め定食があったよな」
「あるぞ。……では、共に食堂へと行こうか」
「っ!」
どうやら、来栖さんも奥村君も一緒に食堂へと行ってくれるようです。
私が思わず、ぱぁっと笑顔になると来栖さんは涼しげな目元を少しだけ細めて、小さく笑みを返してくれました。
「……赤月さんの笑顔が見られて嬉しいはずなのに、良いところを全て来栖さんの格好良さに取られたような複雑な気分……」
ぼそりと私の隣で大上君は何かを呟いたようですが、私には聞こえませんでした。