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赤月さん、三人で作業する。

 

 来栖さんと共同で辞書を使いつつ、現代語訳していると知っている声が降りかかってきました。


「……君達も図書館にいたのか」


 私と来栖さんが同時に顔を上げると、そこに立っていたのは同じ班になった奥村君でした。


「やぁ、奥村」


「先程ぶりですね」


「……ああ」


 奥村君は相手の目を見て話すのが苦手なようで、私達から少しだけ視線を逸らしつつ答えます。


「奥村君も古文書学の課題をしにここへいらっしゃったのですか?」


 私が訊ねると奥村君はこくり、と頷き返します。


「だが、使おうと思っていた辞書が貸し出し中だったようでな。……まあ、発表まで少し時間はあるから、自力で出来るだけやってみようと思ったんだが……」


 どうやら奥村君も私と同じ状況の人らしいです。すると来栖さんが手元にある辞書を指さしつつ答えてくれました。


「君が使用したいと思っている辞書ならば、ここにある。良ければ目の前の空いている席に座って、私達と共同で辞書を使わないか」


「へっ?」


 まさか、席を勧められると思っていなかったようで、奥村君にしてはかなり間抜けな声が漏れ出ていました。


「今度の班による発表は、それぞれが担当している文章を現代語訳するだけでなく、その文章の背景を読み取って、自力で調べてから発表しなければならないものとなっている。つまり、お互いが現代語訳した文章に相違が出てしまってはいけないのだよ。それならば、共に肩を並べて作業しつつ、間違いがないかを確認し合った方が効率も良いし、出来上がるものの質が上がると思うがどうだろうか」


 息をすることなく来栖さんはつらつらと言い切りました。まるでどこかの教授のような物言いだったので、私は思わず、ぽかんと口を開けてしまいます。


「……つまり、だ。これから数日間、お互いの時間を合わせて、こうやって共に発表準備をすることが出来れば良いと思っているのだが……どうだろうか」


 そう言って、誘ってきた来栖さんの表情の中に、小さな照れが浮かんでいるのを私は見逃しませんでした。


「……確かに、その方が効率はいいだろうな。それに発表の内容次第では評価に繋がると聞いている」


 奥村君はそう答えつつ、来栖さんの目の前の席へと座りました。どうやら来栖さんの提案に賛成なようです。


「……赤月。君はどうだ?」


 無表情なのは変わっていませんが、それでも少しの不安を交えた瞳で来栖さんは私へと訊ねてきます。


「はい。私もそれがいいと思います。……では、お互いに講義が入っていない時間を確認して、次に集まる日を決めましょうか」


 私がそう答えると来栖さんはふっと口元を緩めてから頷き返してくれました。……とても美人な方なので、思わず見とれてしまいそうな表情でした。


「うむ、そうだな。私は火曜日の三限目と水曜日の二限目。そして……」


 来栖さんは講義が入っていない時間を教えてくれたので私と奥村君はそれをメモに取ります。

 そして奥村君の次に私も二人に講義と図書館でのアルバイトが入っていない時間を教えました。


「ふむ、とりあえず明日の三限目に図書館へと集まろうか」


「そうだな」


「分かりました。宜しくお願いします」


 他の班の方々はどのように作業を進めているのかは分かりませんが、とりあえず私達は三人で集まって、協力しながら発表準備を進めることにしました。


 この場にいない米沢さんにも一応、連絡をしておいた方がいいかと思いましたが、三人とも彼女の連絡先を知らないどころか、たまに授業が被っていても出席率は低いようで、連絡の取りようがありません。

  来栖さんは次に見かけた時に、米沢さんに話を通しておくと言ってくれましたが、どうなるでしょうか。


 本当は、私の心の中では自分に悪意を向けてくる人間には近づきたくはないという部分がふつりと生まれては隠れていきます。


 逃げることばかりではいけないと分かっているのに、目の前で刃のような言葉を吐かれてしまえば、私はきっと動けなくなってしまうでしょう。

 昔から変わらず、弱い人間だなと自分でも嫌気がさします。


「……」


 良い人間関係を築きたいのは本当です。それでも──誰もが私のことを良く思うなんて、都合の良い世界など存在していないのです。


「どうしたんだ、赤月」


 辞書のページを捲りかけていた来栖さんが私へと訊ねてきます。私は出来るだけ、何も感じ取れないような表情を作ってから、返事を返しました。


「いいえ、何も。……あ、ここの文章なんですけれど。確か先程、来栖さんが訳をした文章に同じ単語が出ていましたよね?」


「ん? ……ああ、そうだな。その単語の意味は……」


 私は上手く話をそらして、意識を手元の資料へと向けました。

 覚られてはいけないのです。この弱い心は──いつだって、弱いままなのですから。

 

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