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赤月さん、気にかける。

 

「……とりあえず、担当するページを三人で割り振るか」


「そうだな」


「宜しくお願いします……」


 奥村君が眼鏡を上げつつ、静かに促してきたので、私と来栖さんは頷き返しました。


 米沢さんがいつ戻ってくるのかは分かりませんが今、戻ってきたとしても険悪な雰囲気が流れるだけだと思うので、暫くはお互いに落ち着く時間を設けた方がいいかもしれません。


 けれど、この原因を作ってしまっているのは私なのでしょう。米沢さんは明らかに大上君に対して好意を抱いているようでした。

 ですが、私が大上君の傍にいるので、邪魔で仕方がないのかもしれません。


 それならば、私が大上君から離れればいいのではと思いましたが、心の中では何故か拒否をする自分がいました。

 まるで、大上君の近くから離れたくはないと言っている気がするのです。


 そう思ってしまう理由が、私には分かりませんでした。今までの私とどこか違う気がして、思わず妙な表情を浮かべてしまっていました。


「……赤月?」


 来栖さんに名前を呼ばれた私ははっと顔を上げます。そういえば、三人で担当する文章を割り振っている最中でした。


「すみません」


「いや、構わない。それで、君にはここからこの文章までを担当してもらおうと思うのだが」


 来栖さんは梶原教授に渡されていた資料が印刷されている用紙に赤ペンで線を引きつつ、訊ねてきました。


「分かりました。では、その文章の現代語訳を担当させて頂きますね」


 どうやら、お二人が担当する文章はすでに決まってしまっているようです。少しぼうっとして、話を聞いてなかったので申し訳ないです。

 すると、私は担当者がいない文章を見つけて、思わず指で示してしまいました。


「……あの、ここの文章は……」


「……一応、米沢の分も割り振っている。だが、彼女のあの様子が続くならば、担当分の文章を伝えても、まともにこの文章を現代語訳してくるとは思えないけれどな」


 来栖さんは最初から米沢さんのことを当てにはしていないようです。表情もかなり冷めているように見えました。


「……では、私が米沢さんの分の文章を担当します」


「……は?」


「な……」


 来栖さんから困惑、奥村君からは驚きの声が静かに漏れました。


「元々、米沢さんの機嫌が悪くなってしまったのは……私のことが原因だと思うので」


 大上君と恋人として付き合ってはいないのに、常に一緒に居れば、嫉妬も買うでしょう。


 米沢さんが私に向けて発した言葉は、彼女がそれまで抑え込んで溜めて来た言葉だと思います。

 つまり、彼女に苦痛を与えていたのは紛れもなく私自身と言えるのです。


「……あれは明らかに米沢の方から、一方的な言いがかりをつけていたと思うが」


 奥村君は眼鏡をくいっと上に上げながら、言葉を発しました。


「米沢さんに、あんな風に言わせてしまったのも元はと言えば私が原因ですから。……なので、米沢さんの分の担当箇所を私にやらせて下さい」


「……」


 奥村君は眉を中央に寄せつつ、何と答えようかと悩んでいるようでした。その一方で、来栖さんは呆れたように深い溜息を吐きます。


「お人好しだな。……そんな考え方だと、いつか自分自身を傷付けることになるぞ」


「……」


 来栖さんの言葉にどのように返せばいいのか分からない私は、返事に迷ってしまいました。


「……だが、君のそういう真摯な部分は嫌いではない」


「え?」


 それはとても早口で、私の耳では聞き取ることが出来ませんでした。


「米沢をこの場から追い出したのは私だ。よって、君一人にこの文章を投げる気はない」


「えっと、それは……」


「自分の担当の分が終わり次第、私も米沢の分を取り掛かろう。こういうことは人数が多い方が早く終わるからな」


「……ありがとうございます、来栖さん」


 私がぺこりと頭を下げると来栖さんは切れ目の瞳を少し細めながら頷き返しました。


「そういうことでいいだろうか、班長」


「おい、待て。誰が班長だ」


 来栖さんの発言に反論するように奥村君が噛みつきます。


「もちろん、君のことだ、奥村」


「勝手に班長にするな」


「君が一番、適任かと思ってな。私は人を不愉快にさせてしまう口調らしいので、班長には合わないし、赤月は明らかに対人に慣れていない」


「……」


 本当に人のことを良く見ているんだなぁと私は来栖さんに対して深く感心してしまいました。


 感情はあまり表には出て来ていませんが、それでも彼女は周りのことをしっかりと見て、状況判断することを得意としているようです。


「それに別の講義で奥村はグループワークの進行役をしていただろう。人をまとめるならば、君が最も適任だ」


「……」


 おや、奥村君の耳が少しだけ赤いようです。来栖さんに褒められて、照れていらっしゃるのかもしれません。


「あと、容姿が班長っぽい」


「おい、容姿は関係ないだろう! 眼鏡は僕の一部だ!」


 来栖さんと奥村君は言い合っていますが、そこに棘がある雰囲気は流れてはいません。お互いに班である期間は短いですが出来るだけ協力し合って、発表の日に備えたいですね。


 少しだけ、米沢さんのことが気がかりですが、彼女がいつでも戻ってきても大丈夫なように準備だけ進めておきたいと思います。

 

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