赤月さん、言い合いを恐れる。
米沢さんは来栖さんに食ってかかるように吐き捨てていましたが、来栖さんの方はというと、ブリザードが吹き荒れているのではと思える程にとても冷めた瞳で米沢さんを見ていました。
何でしょう、この来栖さんという方、どこか白ちゃんを彷彿とさせる方ですね。
「ぎゃんぎゃんと喚いてみっともない。話は勝手に聞かせてもらったが、悪口ばかり言う女をまともに見る男なんか居るわけがないだろう。それよりも、今は講義中であって私語をしていい時間じゃない。梶原教授はこの班員で協力して、割り当てられた文章を現代語訳して発表するようにと言っているんだから、少しは協力する姿勢でも見せたらどうなんだ?」
息継ぎすることなく来栖さんははっきりと言い切りました。見た目はとても儚い感じの方ですが、口調はどこか淡泊で男らしさが見え隠れしていますね。
そういうところは、ことちゃんに似ていて、少しだけ親近感が沸きます。
「なっ……」
「この班員の顔ぶれに文句があるのならば、今すぐ梶原教授に申し出て、お目当ての大上君とやらと同じ班にしてもらえばいいんじゃないのか? ……自分が満足のいく班になれなかったからと言って、まだ自己紹介もしていないような相手に文句を言う時点で、君の性格はお察しするが」
「っ……!」
すると、米沢さんは顔を瞬間的に真っ赤に染めていきます。
何といいますか、女性同士の言い合いってこんなにも恐ろしかったのですね。口を挟む隙さえもありません。
「このっ……。あんただって、男遊びが好きそうな顔をしているくせに人の事、言えるの!? 噂によると男をとっかえひっかえしているって聞いたけれど?」
すると、来栖さんはくっ、と低く笑いました。それは明らかに嘲りが含まれている笑みでしたが、米沢さんは気付いていないようです。
「……女、怖っ……」
目の前の席に座っている奥村君がぶるり、と肩を震わせていました。確かにこの状況下で男子は奥村君一人ですからね。
ですが、男子でなくても女性は怖い、という点においては賛同したいと思います。
「ありもしない人の噂を広めて笑い合っている暇があれば、自分を磨き直してはどうだろうか。……まぁ、どれだけ見た目を磨いても、中身がそれならば、見向きもされないだろうな」
「っ……」
米沢さんは顔を真っ赤にしたまま、勢いよく立ち上がります。
何かを言葉にしようと口を開いては閉じることを繰り返していた米沢さんでしたが、来栖さんに言い返す言葉が見つからなかったようです。
彼女は自身の鞄をひったくるように掴むと、そのままの勢いで講義が行われている教室から出て行ってしまいました。
「……ん? 米沢の奴、どうかしたのか?」
突然、出て行ってしまった米沢さんに視線を向けつつ、梶原教授が私達へと訊ねてきたので、私はどのように答えようかと迷っていると、隣に座っている来栖さんが代わりに答えてくれました。
「具合が悪くなったようなので、退出しました」
「そうか」
無表情のまま簡潔に答える来栖さんの態度を特に不審に思うことなく、梶原教授は了承するように頷き返します。
講義中、たまに抜け出す学生は見かけるので、梶原教授も慣れているのでしょう。
それ以上、米沢さんのことを気にする様子はありませんでした。
「……君、わざとあの米沢って奴を挑発して、追い出しただろう」
三人になってしまった班でしたが、最初に声を発したのは奥村君でした。
「ああ。だって、これから共同作業をするというのに、協力をしなければならない班員に対して一方的に敵意を剝き出していたからな。これでは作業もままならないだろうし、お互いに気分の悪い状況が続くことになるだろう。それならば、『勉強』をしに来ていない奴はさっさと退出してもらった方が作業も滞ることなく進むと思ってな」
「……」
隠すことなく本音を告げる来栖さんに対して、奥村君は若干引いているように見えました。
確かに合理的と言えば合理的かもしれませんが、それにしてもやり方が──自らを悪役に仕立てているように見えて、私は申し訳なさを彼女に抱きました。
「あの、来栖さん」
「何だ」
素の喋り方そのものが、ぶっきら棒のようですが、それでも私の方にちゃんと視線を向けてくれるので、良い人なのだと思います。
「米沢さんにどのように接すればいいのか分からなかったので途中、話に入って下さり、ありがとうございました」
「……私は別に君のために話に入ったわけじゃない。講義中だというのに、騒がしい彼女に嫌悪していただけだ」
来栖さんはそう告げると私からふいっと視線を逸らし、机の上に置いていた鞄を隣の椅子の上へと置き直します。
やはり先程、鞄を使って大きな音を立てて米沢さんの話を遮っていたのは、わざとだったのでしょう。
米沢さんには悪いかもしれませんが、話を途中で止めて下さった来栖さんには密かにですが感謝しています。
きっと、あの状態の米沢さんには私が何を言っても聞く耳を持つことはなかったと思うので。
人間、皆が仲良くなんてことは言いませんが、やはり敵意を隠すことなく悪口を言ってくる人と仲良くなるのは難しいだろうなぁと思います。
自分の性格と合わない人と一緒に居ても、いつかは限界が来ると思うのです。
ですが、社会に出ればそのようなことを言う暇などないのでしょう。苦手な人とも付き合っていかなければならないと考えると少しだけ気鬱ですね。