赤月さん、同級生の名前を覚える。
「ねえ、あんた」
名前を名乗ることなく、私に敵意を剝き出している彼女は後ろの席に座っている私の方へと振り返りました。
この近い距離で睨まれるとたじろいでしまいます。
「……私、ですか」
彼女から見て、後ろの席には私以外に誰もいないので、仕方なく答えることにします。
本当は返事をするだけでも心臓が震えてしまいそうです。ここまで誰かに敵意を剝き出しにされながら接するのは初めてなので、怖いという感情の方が大きいかもしれません。
「そうだよ。あんた、一体どういうつもりなの? 四六時中、大上君にべたべた引っ付いてさ」
「……」
思わず、ひょえっと驚きの声を上げてしまいそうになりましたが、ぐっと堪えました。
ですが、なるほど。他の方から見れば大上君ではなく私が彼に付き纏っているように見えているのですね。
勘違いだと言いたいところですが、正直に言い返せば更に面倒なことになりそうですし、反論することも出来ないので私はじっと言葉に耐えるしかありませんでした。
大上君と一緒に居る以上、彼に好意を抱いている女の子達からはいつか敵意の視線や言葉を向けられると思っていたのでそれが今、来ただけだと考えるしかありません。
「恥ずかしいと思わないの? あんたみたいに身体も顔もみすぼらしい奴が本気で大上君に、相手してもらえると思っているなら、勘違いも甚だしいわ」
斜め前に座った女子学生はいつ呼吸をしているのかと思える程に、間隔を置くことなく、私へと悪意を振り撒いてきます。
そして、声が私だけに聞こえるようにわざと小声で話してくるあたり、同じ教室にいる大上君には聞かれたくはないと思っているようですね。
どうやら、彼女は私に対して相当、不満や悪意を溜め込んでいたようです。
ここ最近は特に大上君と一緒に過ごすことが多いため、私に文句があっても直接言いに来る機会はそれほど無かったのでしょう。
大上君が居る目の前で悪口なんて言ってしまえば、自分自身への印象が悪くなってしまいますからね。
それにしても、身体も顔もみすぼらしい、という悪口は初めて言われました。
顔は確かに地味ですし、際立つ部分がある容姿でもありません。身体も胸はないですし、背は小さいですし……あ、自分で言っていて少し悲しくなってきましたね。
いつになったら成長期は来るのでしょうか。
「ちょっと、聞いているの!?」
「……へっ? あ、はい。聞いています」
女子学生は教壇に立っている梶原教授に聞こえないように小声で文句を言ってきます。
講義中ですが、今は班になった人達と親睦を深めるための時間が取られているようですね。早くこの時間が終わって欲しいなとぼんやりと思っていたので、反応が遅れてしまいました。
「あんた、何か大上君にとっての弱みでも握っているんじゃないでしょうね? でなきゃ、あんなに……」
──どんっ。
女子学生の話をわざと遮る鈍い音が私達の周囲に響き渡りました。
驚いた私は音が響いた方へと視線をゆっくりと向けると、隣には鞄を机の上に置いている別の女子学生の姿がありました。
すすき色の綺麗な長い髪は緩やかなウェーブを描いていて、まるで外国のお姫様のような容姿にも見えました。簡単に言えば、見とれてしまっていたのです。
ですが、美しい髪をたなびかせつつ、その持ち主の女子学生はかなり不機嫌な顔で私の隣へと腰を下ろしてきました。
「……」
どうやら、彼女がこの班に所属する最後の一人のようですね。
これで班員は揃ったのでしょう。
「……来栖結杏」
どうやら、それがこの美人さんの名前のようです。わざわざ自己紹介をして下さったようで、私も来栖さんの方へと向きなおってから挨拶をすることにしました。
「初めまして。赤月と申します」
「……」
来栖さんは綺麗な瞳を細めつつ、私の方を一瞥して、そして頷き返しました。
「そっちは」
来栖さんの視線は次に奥村君の方へと移ります。奥村君は自分へと視線が向けられることを予測していなかったようで、少しだけ肩を震わせたように見えました。
「奥村だ」
「そう」
あまりにも簡潔過ぎる自己紹介ですが、来栖さんは名前さえ確認出来ればそれで良いと思っている人のようで、すぐに椅子へと背をもたれかかりました。
「っ……。ちょっと! 人の話を途中で遮っといて、その態度は無いんじゃないの!?」
班の名簿には「赤月千穂」、「奥村高志」、「来栖結杏」、そして「米沢舞」の四人の名前が載っていました。
ということは、私に敵意を向けて来ていた彼女は米沢さんということになりますね。
あまり同級生の名前を憶えていないので、これを機会にちゃんと名前と顔を一致させていこうと思います。