赤月さん、プレゼントに悩む。
すると、タイミング良く寝室の扉が開かれます。
「──ああ、ここに居たんだ、千穂」
「白ちゃん」
「ん? 伊織も起きていたんだ。もう平気なのかい? 顔色はさっきよりも良いみたいだけれど」
寝室に入ってきたのは白ちゃんです。私達が長い時間、二人きりだったとは思っていないのか、特に訝しがることなく訊ねてきます。
「うん、おかげさまで熱は少し下がったみたいだ。気分もさっきよりも良いよ。……ごめんね、わざわざ様子を見てもらっちゃって。でも、三人が居てくれたから安心して眠ることが出来たよ」
「そう? それなら良かった。……これなら、もう大丈夫そうだね。それじゃあ、そろそろ遅い時間だから僕達は帰るよ」
「うん。長い時間、手間を取らせちゃってごめんね。凄く、助かったよ」
「困った時はお互い様だから、気にしないで。……千穂も一緒に帰ろうか」
「え? う、うん」
そういえば、もうすぐ夜の九時に差し掛かろうとしていましたね。私は少し戸惑いを顔に浮かべながら、大上君の方へと振り返ります。
「あの、冷蔵庫の中に今日、私が作った雑炊と白ちゃんが買ってきた即席のお粥が入っていますので」
「それとスポーツドリンクとバナナもあるから。料理をする気力がない時はそれを食べると良いよ」
「何から何まで、色々とありがとう」
本当に、大上君を置いて行っても大丈夫でしょうか。確かに先程よりも表情は柔らかいですし、触れた時の温度は下がっているように感じました。
私が不安がっていると感じ取ったのか、大上君はにこりと笑い返してきます。
「もう大丈夫だよ、赤月さん。遅い時間まで、付き添ってくれてありがとう。あとは一人でも平気だから」
「そう、ですか? ……でも、辛くなったら連絡して下さいね」
「うん、ありがとう。……気を付けて帰ってね。あ、部屋の鍵は炬燵の上に置いてあるから、それを使って、扉の鍵を閉めてくれる? あとは扉の郵便受けに入れておいてくれれば良いから」
「……分かりました。どうか、お大事に」
「また、月曜日に会おうね」
私は白ちゃんと共に大上君の寝室から出ます。扉を閉めようとする瞬間、大上君は優しげな表情を浮かべてこちらを見ていました。
少しだけ心苦しさを感じつつも、私は扉をゆっくりと閉めます。
リビングへ戻ると帰る準備を済ませていることちゃんが居ました。
「大上の具合、大丈夫そうか?」
「うん、もう熱は下がっているみたい」
「そうか。それなら、良かったな。千穂、ずっと不安そうな顔をしていたもんな」
「え? ……そうかな」
「特に大上が倒れた時なんて、血の気が引いているように見えたぞ。……何にしろ、元気が戻ってきているなら、良かったさ」
ことちゃんはそう言ってから、鞄を持って立ち上がります。
「忘れ物はないようにね。……ああ、これが部屋の鍵かな」
準備を整えた白ちゃんは炬燵の上に置かれていた大上君の部屋の鍵を手に取ります。
「ほら、千穂。準備をしないと置いていくぞー?」
すでに玄関先へと向かっていることちゃんが声をかけてきたため、私は慌てて鞄の中に本やノートを詰め込んでから立ち上がりました。
そして、誰も居なくなった部屋の電気を消せば、そこには静けさが生まれて行きます。
少し、寂しいと感じるのは何故でしょうか。大上君は一人で寂しくはないでしょうか。
……早く、元気になるといいなと思いつつ、私は大上君の部屋を後にします。
大上君の部屋の鍵を閉めてから、部屋の内側の郵便受けの中に落として、私達はその場から立ち去りました。
「……それで、千穂は伊織への誕生日プレゼントを何にしたんだ?」
帰り道の途中で、白ちゃんが突然訊ねてきたので、私は心の中で激しく動揺してしまいました。
「……結局、まだ決まっていないから、後日に……」
出来るだけ言葉を濁しつつ、私はそれ以上を訊ねられないように気を張ります。
「ふぅん。……まあ、伊織のことだから、千穂があげるものなら、何でも喜びそうだけれどねぇ」
「……」
だからこそ、迷うんですよ、白ちゃん。
大上君の「赤月さんコレクション」とやらに追加されて、永久的に保存されるよりも、彼の心に残るような何かを贈りたいと思ってしまうんです。
この気持ちは恋慕ではないというのに、そう思ってしまうのは何故でしょうか。人にプレゼントを贈るってこんなにも難しいことだったんですね。
家までの帰り道、私がずっと「うーん」と唸っている姿を白ちゃんはくすくすと笑いながら、それ以上、口を出すことはせずに見守るだけでした。
さすがに大上君に口付けをするのは私の精神的衛生上、無理です。
大上君が元気な姿で戻って来るまで、何とか考えをまとめておきたいと思います。