赤月さん、大上君の「好き」を知る。
私の呟きに対して、大上君は少しだけ目を逸らしていきます。その瞳は何かを思案しているのか、彷徨っているようにも見えました。
「……きっと、好きな人に対する恋の仕方って、人それぞれだと思うんだ。誰かを好き、という気持ちにはたくさんの形があるからね」
「え?」
大上君の言葉に、私ははっと顔を上げます。そこには穏やかに言葉を紡ぐ彼の姿がありました。
「俺は……。俺が赤月さんに抱くものは、とても激しいものだよ。……他の誰かに君を渡したくない。自分だけのものにしてしまいたい。誰も知らない君を知りたい──。言葉にしてしまえば、簡単なように思えるかもしれないけれど、俺が君に抱いているものは、想像以上に重いものだと自覚している」
「……」
「でもね、俺は赤月さんに同じものを求めようなんて、そんなことは思っていないんだ。……だって」
大上君は少しだけ思案するような素振りを見せてから、右手を私の頭へと伸ばしてきます。
その手の指先は私の耳を少しだけ掠め、そして絡めるように髪へと触れてきました。くすぐったいはずなのに、気持ち良さも同時に感じてしまったことを本人には言えませんでした。
「恋の仕方が人それぞれだとしても、誰よりも、その人のことを特別に想うって感情は変わらないはずだからね」
「誰よりも……」
「その人ともっと話したいとか、笑顔を見たいとか。……触れたい、触れて欲しいと感じたり。そして、ずっと一緒に居たいと心から想う相手こそが、『好きな人』なんじゃないかなぁ」
「……」
大上君は諭す、というよりも優しく教えるような口調で話してくれました。
「……そんな感情を大上君は私に抱いているんですか」
「うん、そうだよ。……まあ、それよりも激しくて熱い感情だけれどね、俺の場合は」
大上君は私の髪を弄んでいた指を止めてから、今度は頭をぽんぽんっと優しく撫でてくれました。
「これからも赤月さんに少しでも気持ちを傾けてもらえるように俺はもっと、もっと頑張るから。君が俺のことを『好き』になるまで」
「……気長に待つつもりですか」
「そうだよ。こう見えて、結構辛抱強いんだ、俺」
「そんな気は確かにしますね」
「ふふっ。……だから、焦って感情を無理矢理に知ろうとしなくても良いんだよ、赤月さん。君は君の速度で、人を好きになるということを知っていけばいいんだから」
そう言って、大上君は静かな笑みを浮かべて笑いかけてくれました。
「……ごめんなさい、今はまだお返事が出来なくて」
私は申し訳なさからつい、顔を下に向けてしまいます。大上君に返す感情を持っていないと自覚しているからです。
「構わないよ。少しずつ、俺のことを知っていって、それから俺に対する感情を育んで欲しいから」
「……大上君なら、無理矢理にでも私と付き合おうとするかと思っていました」
「んー……。最初はそうしようかと思ったんだよね。色々と我慢の限界だったから」
「っ……」
「でも、赤月さんと直接、接してみて考えが変わったんだよ。……君はあまりにも脆くて儚い人だから、俺が無理矢理なことをすれば傷付けてしまうと気付いたんだ。……確かに最初は君に酷い事をした自覚はあるから、謝るけれど……」
当初、私を追いかけていたことを思い出しているのか、大上君は少しだけ苦い表情をしました。
「けれど、今はゆっくりと俺に慣れてもらいたいんだ。時間をかけて、お互いのことをちゃんと知って、感情を重ね合って──。そうやって、君との距離を近付けていけたらいいと思う」
私の頭に置いていた手を大上君はそっと離していきます。残っていた熱もやがて、ゆっくりと消えていきました。
「慌てないで、赤月さん。俺は、いつでも待っているから」
「……はい」
大上君は私が感情を認識することが遅いのを責めたりしませんでした。むしろ、私が恋愛的な意味で人を好きになる感情が芽生えることを楽しみにしているような様子さえ窺えます。
彼は優しい人だと私は知っています。
確かにたまに変態的な部分も見え隠れすることがありますが、それでも大上君の根本的なものは優しさで作り上げられている気がしてなりませんでした。
その優しさに私はもしかして、酔ってしまっているのかもしれません。