赤月さん、大上君に恋を訊ねる。
私がベッドの上へと腰かけたことを確認してから、大上君は穏やかな表情を浮かべながら言葉を紡ぎ始めた。
「赤月さんには助けられてばかりだなぁ。本当にありがとう、赤月さん」
「……? 私はそれほど手を貸してはいないと思いますけれど……?」
むしろ、大上君に手助けしてもらっていることの方が多い気がします。
「そんなことはないよ。赤月さんにはいつかお礼をしたいと思っているのに、俺はいつも助けられてばかりだもん。……何か欲しいものとかない? 全力でプレゼントするよ」
いつもの調子に戻ってきた大上君に私は苦笑しながら首を横に振りました。
大上君に欲しいものを言えば、たとえ冗談だったとしても、彼は本気に受け取って、要望のものを差し出してきそうなので。
「欲しいものなんて、ありませんよ。……むしろ、大上君の方はどうなんですか」
「え、俺?」
大上君はきょとんとした様子で、こてんと首を傾げます。
「だって、今日は大上君の誕生日でしょう。……風邪を引いていなかったならば、ケーキでもプレゼントしようと思っていたのですが……。でも、せっかくならば大上君が欲しいものをプレゼントしたいなぁと思いまして」
「……」
「あ、美味しいものとかいかがでしょうか。食べたいものとか……。出来る範囲でご用意しますよ」
やはり、欲しいものを直接、本人に聞いた方がいいでしょう。私が何気なく、大上君へと訊ねていた時でした。
突然、大上君の左手が私の左手に重ねられたため、驚いた私は大上君の顔をつい見上げてしまいます。
そこにあったのは、風邪による熱ではなく、大上君が本来持っている熱を帯びた表情でした。
「……俺が欲しいのは、赤月さんだけだよ」
ただの冗談だなんて微塵も含まれてはいない真剣な表情を浮かべつつ、大上君は私の左手に指を絡ませてきます。
その指の一本、一本にも熱が含まれていて、私は与えられる温度によって自分の身体が熱くなっていくのを感じていました。
「最初から、俺が欲しいのは赤月さんだけだ。君だけしか見ていないし、これからだって、君だけを求めたいと思っている」
「え、っと……。お、大上君……」
ぐいっと、大上君は顔を近づかせてきます。
捕まった、私はそう感じました。
「君はね、優し過ぎるんだよ、赤月さん。──前にも言っただろう、俺は狼だって。……そんなに優し過ぎると、狼に丸め込まれて、簡単に食べられてしまうって分かっているの?」
「……」
逃げられないと分かっているのか、私の身体は動けませんでした。いえ、動かなかったと言った方がいいでしょう。
ここで大上君から逃げてしまえば、彼の言葉や想いを全て拒絶してしまうと分かっていたからかもしれません。
「それなのに、君は俺に与えるだけ、与えて……。どれだけ優しいんだよ、本当……。……けれど、こんなにも与えられても、まだ満たされないんだ。俺の全てが、君を欲しいと言っているから」
「……え?」
「君が、欲しいよ。俺のものにしたい。恋慕なんて、生易しいものなんかじゃないよ。これは君への愛執だ」
愛執、という言葉の意味は分かります。
きっと、言葉一つで簡単に表せる感情ではないのでしょう。
「……でも、これ以上を言ってしまえば、君は困ってしまうんだろうね」
「……」
大上君はそこで自嘲するような笑みを浮かべました。その表情が泣きそうだったのは、気のせいではないのでしょう。
私は、知らずのうちに大上君のことを傷付けてしまったのかもしれません。
喉の奥から出てきそうになる熱を抑え込み、私は大上君の瞳を真っすぐと見つめ返しました。
「……大上君」
大上君はすぐに自嘲の笑みを引っ込めて、首を傾げます。
「私、は……。恋とか、愛とか、そういうものがよく分からないんです」
「……」
「友達に対する、大好きという感情は分かります。けれど……、恋をしたことがないので、恋愛的な意味で人を好きになるといった感情がどのようなものなのか、知らないんです」
一つ、深い呼吸をしてから、私は言葉を続けます。
「恋とは、どういうものなのですか。誰かに対する愛って、どのような感じなのですか。……私はどうすれば……大上君の気持ちに、応えられるような人間になれると思いますか」
「っ……」
ああ、何だか身体の内側から熱が込み上げてきた気がして、とても熱いです。慣れない言葉を言ったからでしょうか。
……恋愛的に好きだという感情がどのようなものなのか、私は知りません。誰かを好き、という気持ちと似ていても、それはきっと別物なのでしょう。
けれど、大上君が私を欲しいという感情が恋慕だとしても、私は同じような感情を大上君に対して、今のところ抱くことは出来ませんでした。