赤月さん、大上君の様子を窺う。
図書館から借りている手持ちの本を読んでいた私は何となく、周囲が静かになっている気がして、ふと顔を上げました。
「……あ」
それまでレポートと睨めっこしていた白ちゃんとことちゃんは無事に書き上げたのか、炬燵の台に突っ伏すように寝ていました。
二人が眠って、どれほど時間が経っていたのでしょうか。集中して読書をしていたとは言え、全く気付きませんでした。
部屋の壁にかけられている時計に視線を向けると、いつのまにか時間は夜の八時を過ぎていました。
「……大上君、大丈夫かな」
大上君が眠ってから、おおよそ四、五時間程が経っていますが彼の具合は良くなっているでしょうか。
具合の経過が気になりますが部屋の扉を開けて、せっかく眠っている彼を起こしてしまうのも悪い気がします。
「……大丈夫かな」
それでもやはり、一度くらいは大上君の身体の状態を確認しておいた方が良いかもしれません。
私は読みかけの本に栞を挟んでから、炬燵の上に置いて、静かに立ち上がりました。
そして、眠っている白ちゃん達を起こさないように注意しつつ、大上君の寝室へと向かいます。
音を立てずに寝室の扉を開けて、そして滑り込むように室内へと入ってから、扉を閉めました。
「……」
豆電球が点いている室内は少し薄暗く感じましたが、大上君の呼吸の音以外には何も聞こえない程に静かでした。
足音を立てずに私は大上君へと近づきます。
そして、ベッドの傍まで近づき、大上君の表情を見ようと遠慮がちに覗き込んでみました。
「……」
薄暗いので顔が赤いのかどうかは分かりませんが、それでも表情は先程よりも穏やかになっているように見えます。
きっと、熱が下がって落ち着いてきたのでしょう。
そのことに安堵して、私は思わず安堵の笑みを浮かべてしまいました。
「……早く、治して下さいね。待っていますよ」
大上君を起こさないようにと配慮して、私は眠っている大上君に小声で声をかけます。
すると、大上君は私の声が聞こえたのか、ぱちりと目を覚ましてしまいました。
「……赤月、さん?」
「あ……。ごめんなさい、起こしてしまいましたか……? 身体の具合は落ち着いたか、様子を見に来たんです」
私は慌てて、身体を仰け反らせつつ、弁明しようと言い訳を並べました。先程、私が呟いた言葉が大上君の耳に入っていないといいのですが……。
すると、大上君は起き上れる程に体力が戻ってきているのか、ゆっくりと自分で身体を起こしていきます。
腕に力がこもっているようなので、先程と比べると身体の調子は安定しているようですね。
「ううん、大丈夫。赤月さんが声をかけてくれる前から、何となく意識は覚醒しつつあったから。……今、時間は何時くらいかな?」
大上君の口調はいつもと同じものに戻っていて、言い淀むことなく喋っています。どうやら、意識もはっきりとしているようです。
「それなら良かったです。……今は夜の八時過ぎくらいですね」
「わぁ……。随分と寝ていたんだね。でも、おかげで身体は寝る前と比べて、凄く楽になったかも」
そう言って、大上君はにこりと笑いました。表情の筋肉も戻ってきているようですね。
「楽になったからと言って、無理をしてはいけませんよ? 風邪はぶり返すものですから。あっ、ちゃんと水分を摂って下さいね、それから……」
「赤月さん」
大上君は私の話を遮り、こっちにおいでと言わんばかりに右手で手招きしてきます。
一体、何でしょう。私は首を傾げてから、大上君へと近づきました。
すると、大上君は私の左手を軽く掴んできたではありませんか。手から直接伝わってくる温度は先程よりも、柔らかい温度まで下がっていました。
「どうしましたか、大上君」
「うん。……赤月さんには色々とお世話になったなぁと思って。だから、お礼が言いたくて」
「お礼なんて、そんな……。大変な時はお互い様ですよ。それに私は大したことはしていませんし」
「赤月さんは本当に謙虚だなぁ」
私がそう答えると大上君はくすっと笑ってから、自分のベッドに腰かけるようにと、ぽんぽんっとベッドと叩いて促してきます。
確かに私が立ったままだと、大上君は見上げて話をしなくてはいけなくなるので、少し大変でしょう。
私は大上君が起き上っている場所から、一人分の距離を空けて、ベッドの上へと腰かけました。