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大上君、誕生日プレゼントを貰う。

 

 リビングの隣は大上君の寝室があり、そこにはベッドが置かれているため、ことちゃんは枕の位置などを確認しつつ、大上君をベッドの上へと下ろしました。


 私はすぐに薄手の布団を大上君の上へとかけてから、持って来ていた熱さましのシートを取り出します。


「大上君、今から熱さましのシートを貼るので」


「うん……」


 私は大上君の額に手を当てつつ、シートが貼りやすいようにと前髪を上げました。


 こうやって間近で顔を見ると、本当に整ったお顔をしていますね、大上君。あと熱が出ていて表情がとろん、としているせいか、いつもよりも幼く見えます。


「それじゃあ、貼りますよ」


 一言、告げてから私は熱さましのシートを大上君の額へとぺたり、と貼りました。


「ひゃ……」


「あー……。冷たかったですよね。でも、すぐに慣れてくると思うので」


「うん……。ありがとう、赤月さん。……それと二人もありがとう……」


 大上君はぽやぽやとした表情を浮かべつつ、ことちゃん達の方に向けてお礼を言います。


「まあ、暫くは隣の部屋に居座ろうかなと思っているから、何かあったらこれを鳴らして、呼んでくれて構わないよ」


 そう言って、白ちゃんが大上君の枕元へと置いたのは、お店のレジに置いてあるような呼び鈴でした。


「伊織は今日が誕生日なんだよね? プレゼントには実用的なものが良いだろうと思って、この呼び鈴にしてみたんだ」


 白ちゃん、かなり真面目な表情で言っていますので、別に笑いを狙っているわけではなく本気のようですね。


 そういえば、私やことちゃんの誕生日にも毎年プレゼントを贈ってくれるのですが、いつも実用的なものばかりでした。


「わぁ……。こんなにも実用的な誕生日プレゼントを貰ったのは初めてだよ。現状以外で他に使用用途が見つからないけれど、今は凄く助かる……」


 確かに呼び鈴を普段の生活で使うことはかなり少ないでしょう。白ちゃん、凄くピンポイントなプレゼントをしてきましたね。


「大上、私からはこれだ」


 そう言って、ことちゃんが鞄から取り出したのは林檎とプラスチックのコップでした。


「林檎とコップ……?」


 私だけでなく、大上君も首を傾げているようです。


 すると、ことちゃんは林檎を右手でがしっと掴みつつ、コップの上でぎゅっと握り潰し始めました。

 林檎はまるで食器を洗うスポンジのように潰れていき、滴り落ちる汁はコップの中へ吸い込まれるように納まっていきます。


「え……」


 さすがに大上君も呆然としているようです。私も驚いて、固まってしまいました。


「百パーセント林檎ジュースだ! 風邪の時には林檎が良いと聞いたからな!」


 悪気なんて微塵も感じない笑顔でことちゃんはそう言い放ちます。


 確かに、風邪の時には林檎を食べますが、それは食べやすいように切ってあるものが通常です。林檎を丸ごと握り潰すなんて初めて見ました。


 確かにある意味百パーセントなので、林檎を丸ごと摂取することになるため、とても身体に良いのではという考えが浮かびましたがすぐに首を横に振って忘れることにしました。


 それよりも、どれだけ握力が強いんですか、ことちゃん。

 ほら、大上君も何と言葉を返せばいいのか分からないと言った表情を浮かべているではありませんか。


「ん? 林檎ジュースよりもバナナジュースの方が良かったか? それなら、真白がお見舞いの差し入れで持って来ていたものの中にバナナが……」


「いえっ! 十分だよ! 林檎、好きだから! ありがとう!」


 大上君、かなり必死ですね。それもそうでしょう。目の前で林檎が握り潰される光景を見てしまえば、動揺しないわけがありません。


「ほら、二人ともそろそろ部屋から出ましょう。これ以上、大上君の身体に負担をかけないようにしないと」


 私は二人に部屋から出るようにと促します。すると、大上君はあからさまに安堵したような表情を浮かべていました。


「それもそうだね。じゃあ、僕達は隣の部屋にいるから、具合が悪くなったり、して欲しいことがあったら呼ぶといいよ」


「林檎ジュースは冷蔵庫の中に入れておくから、あとで飲んでくれよな!」


 二人は素直に寝室から出ていってくれたので、私はその背中を見送りつつ、安堵の息を吐きました。


「……すみません、大上君。体調が悪いのに、二人がお邪魔してしまって」


「ううん。お見舞いに来てくれて嬉しいよ」


 にこりと笑っていますが、それでもとても辛そうです。早く休ませてあげた方が良いでしょう。


「……隣の部屋で待機しているので、しっかり休んでいてくださいね」


「うん」


「それでは……」


「赤月さん」


 呼び止められた私は大上君の方へと顔だけ向けました。


「赤月さん、ありがとう。……大好き……だよ」


 それだけを言い残してから、大上君は目を閉じました。すぐに彼からは寝息が聞こえてきます。随分と無理をさせてしまっていたのかもしれません。


 私は申し訳ない表情を浮かべつつ、眠ってしまっている大上君に向けて言葉を返しました。


「……早く元気になって下さいね、大上君」


 いつものように元気で明るいあなたが恋しいです、とは言いませんでした。聞こえていた場合を考えると、彼ならば目を覚ましてしまいそうなので。


 静かにその一言だけを告げて、私は大上君の寝室からそっと出ました。

 

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