大上君、お姫様抱っこされる。
白ちゃんは白いビニール袋を右手に掲げつつ、肩を竦めながら説明してくれました。
「千穂からのメールを見た小虎が拗ねちゃって。絶対に伊織の家に行くと言ってきかなかったんだ」
おお、白ちゃんがさっそく、大上君のことを名前呼びしているようです。何だか、新鮮な感じがしますね。とても仲の良い友達関係のような呼び方です。
「だって、大上の家に千穂が居るなんて、危険そのものじゃないかっ! 私は大上が千穂に変なことをしないようにと釘を刺しに来たんだ」
「そう言って、風邪気味の伊織に差し入れしようと言っていたのは小虎だけれどね」
「ちょ、真白! 私は違うからな! 一ミリも大上の心配なんてしていないからな! ただ、千穂が心配で来ただけなんだからな!」
「はいはい。──あ、このビニール袋の中に即席のお粥とスポーツドリンク、バナナが入っているから、冷蔵庫に入れる必要があるものだけ、入れておいてくれる?」
白ちゃんは駄々をこねるように腕を握っていることちゃんのことを軽く受け流しつつ、私に白いビニール袋を手渡して来ました。
「わぁ……。二人からの差し入れ、きっと大上君も喜んでくれますよ」
「それで伊織の様子はどうなんだい?」
「ちょうど今、私が作った雑炊を食べ終わったところなんです……」
玄関で話している時でした。
リビングの方から、どさり、と鈍い音が聞こえて、私達は顔を見合わせます。
「大上、お邪魔するぞー!」
ことちゃんは遠慮する事無く、靴を脱いでから大上君の部屋へと上がります。それに続くように白ちゃんも訝しげな表情を浮かべつつ、部屋へと上がりました。
「……大上君。今、大きな音がしましたが、何かありました、か──」
私はリビングへと続く扉を開いてから、部屋の中を覗き込みました。ですが、そこには想像していなかった光景が広がっていたのです。
「おっ、大上君っ……!?」
何と、大上君が床の上で倒れているではありませんか。
「大上君っ、大上君……!」
私はすぐに駆け寄ってから、大上君の肩を軽く叩きます。
ですが肩に触れただけなのに、服越しに彼の温度の熱さが伝わってきて、また熱が上がっているのだと覚りました。
「あわわ……。ど、どうしましょう……」
「うーん、とりあえず、小虎」
「何だ?」
「伊織を彼のベッドまで運ぶのを手伝ってくれ」
「よし、分かった」
三人の中で一番冷静な白ちゃんが的確な指示を出します。それもそうですよね、このままの状態で大上君を寝かせておけば更に風邪が悪化してしまうでしょう。
ここは大上君をベッドへと運んで、ゆっくりと寝てもらうべきです。
「任せろ。大上くらいならば、私一人で十分だ」
そう言って、ことちゃんはぐでん、と床上に転がっている大上君を軽々と抱え上げました。
「ははっ。練習用の重りよりも軽いな、大上! はははっ」
その状態はまるでお姫様抱っこのようです。すると、元々意識はあったのか、大上君の表情が盛大に顰められました。
「うぅぅ……。何て惨めな気分なんだ……。山峰さんに抱きかかえられた挙句、赤月さんにその姿を見られるなんて……。いっそのこと、気絶したい……。というか、何で二人がいるの。俺と赤月さんの看病ランデブーが……」
「はいはい、妄言はそれくらいにしておこうか。さっさと寝てから安静にして、体調を戻すことに専念するんだ」
「うぅ……正論過ぎて、言い返せない……」
大上君もこれ以上を言葉にするのが辛いのか、浅く呼吸をしたまま、両手で顔を隠しています。
顔を隠しても、ことちゃんに運ばれている姿は隠れていませんので、諦めた方がいいと思います。