赤月さん、朝帰りする。
寝間着から普段着へと着替え終わった大上君は目を輝かせながら、炬燵の席へと座りました。
「えっと……。冷蔵庫の中にあったものだけで作ったので、大上君が作る場合とそれほど味が違わないと思うのですが……。美味しく出来ていなかったら、すみません」
「そんなことないよ! 赤月さんが作ってくれたということが、何よりも嬉しいんだよ! ありがとう、赤月さん!」
朝ご飯を作ったくらいで、どうしてそれほどまでに嬉し泣きしそうなのでしょうか。
「と、とにかく、早く食べましょう。冷めてしまいますよ」
「うんっ。いただきますっ!」
笑顔がはち切れんばかりに輝いていますが、作ったものの味はどうでしょうか。
私はこっそりと大上君の顔を窺うことにしました。大上君は私が作ったお味噌汁をゆっくりと口にしていきます。
「っ……。美味しい……。美味し過ぎて毎日、食べたいので今日から俺の嫁になりませんか」
「その味噌汁のお味噌は大上君の家の冷蔵庫にあったものを使っているので、あなたが作る場合と味は一緒ですよ」
私は大上君の求婚とも言うべき言葉を受け流しつつ、自分もお味噌汁を口にしました。
味に不審な点は見られないようですね。大上君の口に合ったようで良かったです。
「卵焼きも美味しい。出汁巻き卵って優しい味がするんだね」
「……どうも、ありがとうございます」
実は卵焼きを作るのは結構、得意だったりするので、味を褒められると嬉しいです。
「この新婚夫婦みたいな時間が永遠に続けばいいのにっ……」
噛み締めるように大上君は呟きます。早く食べないと、料理が冷めてしまいますよ。
別にまたいつか、料理を作ってもいいですよ、とは言えませんでした。言ってしまえば、大上君がどのような反応をするのか目に見えて分かっていたので。
大上君はいつだって、私がしたことに対して、大げさだと思える程に喜びます。
その喜びは、私からしても嬉しいものですが、大上君は二度とこんなことがないと言わんばかりに大げさなのです。
「赤月さん、本当にありがとう」
「……どういたしまして」
大上君は私へと嬉しそうな笑顔を浮かべます。
その表情が私にとって、少しだけ特別だと思えたのは何故でしょうか。心の奥に生まれそうになった感情を奥底へと閉じ込めてから、私は食事の続きをしました。
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前日は夜遅くまで大雨が降っていましたが、次の日は昨日の土砂降りが嘘だったと思える程に快晴でした。
朝ご飯の片付けを大上君と一緒にやってから、私は持参した荷物を鞄の中へとまとめていきます。
自分の部屋へと朝帰りする日が来るなんて思っていませんでしたが今は気にしないことにします。気にしたら負けです。
「大上君、突然のお泊りでしたが、お世話になりました」
「こちらこそ、最高の一日をありがとう。良かったら、また泊まりに来てね。いつでも待っているから」
「……今度は自分用の下着を持参するので、勝手に買わないで下さい」
「ん~?」
大上君はわざと私から目を逸らして、鼻歌を歌います。この顔は、もう一度やる顔ですね。
替えの下着や布団を用意してもらっていたのは正直助かりましたが、内心はかなり複雑なので、お礼は言いません。
言ったら、絶対に新しい下着を買ってくると思いますし、今度は私の普段着なども買ってきそうです。そういうところ、引きます。
「それじゃあ、気を付けてね」
「はい。ありがとうございました」
大上君は玄関口までお見送りしてくれました。手を振って来る彼に対して、私も軽く手を振り返します。
階段を降りるために通路の角を曲がるまで、大上君は私に手を振っていました。
ちょっと寂しそうに見えたのは気のせいではないでしょう。まるで家に置いていかれたような飼い犬の表情をしていました。
私は大上君の姿が見えなくなってから、一つ息を吐き出しました。
「……夢ではないと言いたいのはこちらの台詞ですよ」
昨日から今朝にかけての出来事が一気に思い出されて、私の顔は一瞬にして熱くなっていきます。
冷静に考えれば、昨日から大上君との距離が近すぎた気がして、私は一人で悶絶していました。
「うぅ……」
友達にしては近すぎる存在になってしまっているのでは、とさえ思えます。
「友達、大上君は、友達……」
それでも脳裏に浮かんでくるのは私に好意を真っすぐに伝えて来る大上君の笑顔です。
いけません、惑わされては大上君の思うつぼです。
私はふるふると首を振ってから、平常心を取り戻すために深呼吸をしました。ゴールデンウィークが明ければ、また毎日のように大上君と会うことになるのでしょう。
そのことがむず痒くもあり、嬉しくもあるため、かなり複雑な気分です。
どのような表情をしていいのか分からない私は、他の人に顔を見られないように、出来るだけ視線を下に移して、自宅に向けて歩き始めました。