赤月さん、朝ご飯を作る。
朝、目が覚めた時。何かに違和感を抱きました。
その違和感を自覚するまで時間がかかったのは、現状を理解するための頭がまだ起きていなかったからだと思いたいです。
瞼を開けば、目の前には黒い壁が見えます。正確に言えば、一定の速度で上下に動く壁です。
「……」
もぞり、と動けば何か温かいものに包まれている気がして、私はゆっくりと顔を上げて行きます。
見上げた先にあったのは、あと数十センチ程で触れてしまいそうな程に近い大上君の顔でした。
「……」
私は一度、目を閉じます。閉じてから開きます。
大上君の顔は変わらず、そこにありました。
「……」
夢でしょうか。
大上君が密着した状態で眠っているなんて、そんなこと……。
「っ──!?」
私はがばっと身体を起こしてから、現状を確認します。
ここは大上君の部屋で、私は一泊だけで泊めてもらうことになり、そして敷かれている布団は私が寝ていたはずの布団です。
それらのことを確認してから、脳が覚醒した私はもう一度、確認しました。
「ん~……」
「……」
目の前に寝ているのは大上君です。明らかに大上君です。
私は思わず、自分の服が乱れていないか確認しましたが昨夜、布団に潜った際と何も変わっていませんでした。そのことに安堵しつつ、大上君を起こそうかと躊躇います。
「……どうして一緒に寝ているんですか、大上君っ」
身体の温度が熱くなっていくのを感じながら、私はぼそりと呟きます。
大上君は楽しい夢でも見ているのか、ふにゃりと表情を崩して笑っているだけです。
確かに昨晩は雷が怖くて、私は大上君に付き添ってもらっていましたが、まさかそのまま寝落ちするなんて思いませんでした。
大上君もきっと、そのまま一緒に寝てしまったのでしょう。
そう、これは事故。偶然が重なった事故であって、お互いに故意はないということにしておきましょう。
私は大上君を起こさないようにと気を付けながら、もぞもぞと立ち上がり、着替えることにしました。
昨晩のうちに大上君が私の濡れた服を洗濯機で洗ってくれていたので、それを乾燥機が付いている浴室に干させてもらいました。
もちろん、下着なども干していたので、大上君には絶対に見ないようにと厳重に注意しましたが。
浴室に干していた服を取り込んでから、脱衣所で普段着へと着替えて、貸してもらった大上君の服を洗濯機の中に入れさせてもらいます。
……下着は入れませんでした。これは私が持って帰ります。でなければ、変なことに使われそうなので。
物音を立てないように着替え終わると、台所に置かれている炊飯器からご飯が炊けた合図が響きました。
そういえば、昨晩のうちに大上君がお米を研いで仕込んでいましたね。
「うーん……」
昨日からずっと大上君にはお世話になりっぱなしなので、何かお礼がしたいですね。
そうだ、朝食を作りましょう。
私は布団が敷いてあるリビングへと戻ってから、大上君に耳打ちするように小声で告げました。
「大上君、朝ご飯を作ってもいいですか?」
「ん~……。うん~……」
まだ夢の中なのか、それとも寝ぼけているのか、大上君は幸せそうな顔をしてから、ぼそりと呟きます。
「朝ご飯は何がいいですか?」
「むにゃ……。卵焼きと……お味噌汁……。……ふへへ……」
「……」
一体、どんな夢を見ているのでしょうか。にやけたままの表情で眠っていますよ。
ですが、寝ぼけているとは言え、朝食を作る許可を頂いたので、さっそく調理に取り掛かりたいと思います。
腕まくりをしてから手を洗い、そして冷蔵庫の中を覗き込んでみました。
「野菜は……昨日、私が買ったものを使いましょう。あ、卵もありますね。それと、お味噌もありますし……」
お味噌汁は出汁から作りたいところですが、時間がないので出汁の素を使わせてもらいましょう。とても手軽で便利ですし。
そして、卵焼きも出汁巻きにしましょう。私が好きなのです、出汁巻き。
頭の中でどんな手順で調理を進めて行くかを考えつつ、私はさっそく作業を始めました。