赤月さん、大上君の家にお泊りする。
すると大上君はテレビで天気予報をやっている番組を探し始めます。
テレビ画面に映った天気予報にはどれも雨を表すマークが映っており、降水確率は百パーセントになっていました。地域によっては警報も出ているようですね。
「うーん……。中々、雨が止まないね。しかも夕方よりも、雨足が強くなっているし……」
壁にかけてある時計を見れば、二十時前に差し掛かっていました。そろそろ、帰った方がいいかもしれません。
「あの、大上君。傘はありますか。出来れば、お借りしたいんですけれど……」
「えっ。この大雨の中を帰るの? 一本だけなら傘はあるけれど、一人で帰ると危ないと思うよ」
「でも、このままお邪魔していれば、帰る時間が遅くなってしまいますし……」
大上君の家から、私の家まで百メートルくらいの距離なので、帰ろうと思えば帰れるでしょう。
ですが、外はかなりの土砂降りなので、もう一度お風呂に入り直さなければならなくなるかもしれません。
「それもそうだけれど……。……あ、そうだ。このまま俺の家に泊まっていく? 赤月さん、確か明日はバイトが休みだし」
「ふぇ?」
「え?」
「……え??」
今、大上君から出てきた言葉が理解出来ずについ聞き返してしまいました。
「あの……。今、何と?」
「俺の家に一泊してから帰る?」
大上君は眩しいくらいの笑顔です。
むしろ、笑顔だけです。溢れんばかりの笑顔です。
「そ、そんなのっ……。いけませんよ! 男女が一つ屋根の下、お泊りだなんて……!」
「でも、友達だったら、お互いの部屋に泊まることくらいはするだろう?」
「それは……そうかもしれませんが……」
確かに私も実家に居た頃は、白ちゃんとことちゃんの家へとお泊りしに行ったこともありました。
「大丈夫だよ、一緒のベッドで寝るわけじゃないし。それに赤月さん用の布団はちゃんと買ってあるよ!」
「だから、どうしてそういう状況を事前に察知しているかの如く、必要なものを買い揃えているんですかぁっ!?」
未来視能力でもあるんですか。
それとも大上君の願望がことごとく叶っているだけでしょうか。
「やっぱり、帰ります! 濡れてもいいので、帰りますっ!」
「駄目だよっ! 大雨だし、もう外は暗いから危ないよ?」
「だって、このままだと大上君の家にお泊りになってしまいます……!」
「変なことはしないからぁっ! だから! 今日はうちに泊まっていって下さいっ!」
そう言って、大上君は私に向けて頭を深く下げてきました。額を床に付けるようなこの体勢は世間で言う土下座というものです。
かなり必死に見えますが、そこまでして私に泊まっていって欲しいのでしょうか。
もしや、真意は奥底に隠されていて、本当は良からぬことを企んでいるわけではありませんよね?
「自然を舐めたら駄目だよ! それにたまに雷も鳴るかもしれないし、危ないよ」
「う、ぐ……」
「ね? 大丈夫だよ、変なことはしないから。だから、今日は一晩だけ泊まっていって欲しいんだ」
まるで雨に濡れた子犬のような瞳で大上君は私を見上げてきます。
その瞳に弱いと自覚しているのですが、抗うことが出来ないのは大上の瞳に魔力でも宿っているからでしょうか。
「……変なこと、しませんか?」
「しないよ。赤月さんを傷付けることは絶対にしないと約束する」
「……絶対に?」
「絶対にっ!」
大上君は胸を張ってから大きく頷きます。
「その言葉……信じますからね」
私がそう答えると大上君はぱぁっと空が晴れたような笑顔を見せてきました。眩しいです。
……何だか私、大上君によく押されている気がしますね。彼の押しが強いせいでしょうか。
もう少し、自分の意見を言えるようになりたいと思いつつも満面の笑みを浮かべる大上君の前では、気の抜けた溜息しか出てきませんでした。