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赤月さん、考える。

 

 本屋さんで購入したDVDを眺めつつ、夕食をご一緒することになりましたが、つい映画の方に気を取られて、食べ終わるのに時間がかかってしまいました。


 飼い犬と飼い主の穏やかな人生を描いた映画のラストシーンは観ていて本当に感動しました。


 感動し過ぎて、出そうになった涙を我慢していると大上君がすっとティッシュの箱を渡してくれたので、使用させてもらいました。


 本当に良い映画だったのでまた、観返したいですね。これは本当に名作です。


 映画に気を取られてばかりでしたが、大上君が作ってくれたチャーハンはまるでお店で出されるもののように美味しかったです。


 もちろん、作る過程については言及しないようにしました。

 私は何も見ていませんので。


「ご馳走様でした。美味しかったです」


「こちらこそ、赤月さんに食べてもらえて嬉しい限りだよ。ちょっと、食器を片付けてくるから、お茶でも飲んでいて」


「えっ。あの、さすがに片付けくらいは……」


「いいの、いいの。今の赤月さんは俺にとってお客さんだからね」


 そう言って、大上君はひょいっと二人分のお皿を持ってから台所へと向かいます。本当に付け入る隙がない人ですね。


 私はふぅっと息を吐いてから、出されていたお茶の湯飲みを手に取って、口に含めることにしました。


 どこの産地のお茶でしょうか。大上君の淹れ方が上手いのか、とても馴染みある味に思えて、私は思わず口元を緩めてしまいます。


 数分後、恐らく超高速で洗い物を終わらせたのか、大上君が部屋へと戻ってきました。


「お待たせー。……赤月さん、さくらんぼは好き? 今日、スーパーで特売だったから、つい買っちゃったんだけれど、良かったら一緒に食べない?」


「わぁ……。ありがとうございます、いただきます」


 一人暮らしをしていると中々、果物を買う機会はないので、とても嬉しいです。

 私が笑顔を返すと、大上君も嬉しそうに笑いつつ、斜め前の席へと腰を下ろしました。


 どんっとお皿に盛られたさくらんぼが炬燵の上に置かれましたが、本当に宝石のように輝いていますね。そういえば、さくらんぼは今の時期が旬なので、きっと美味しいことでしょう。


 私は手を伸ばして、さっそく一粒を口に含めました。


「んー……。甘酸っぱくて、美味しいです」


「それなら良かった。遠慮しないで、たくさん食べてね」


「はい。ありがとうございます」


 このさくらんぼ、甘酸っぱい上に瑞々しくて美味しいですね。

 これは気付かないうちにぱくぱくと食べ進めてしまいそうです。気を付けなければ、大上君の分まで食べ進めてしまうかもしれません。


 あまり食い意地が張っていると思われたくはないので、出来るだけ気を付けつつ、さくらんぼの味を楽しみたいと思います。


「……赤月さん」


 ふと、大上君がさくらんぼを一粒、指先で摘まんだままの状態で名前を呼んできたので、私は何となく彼の方を向きました。

 大上君は何やら真剣な表情をしつつ、ゆっくりと言葉の続きを発します。


「さくらんぼを俺に『あーん』してもらうことは可能で……」


「可能ではありません」


 大上君がそれ以上、言葉を続ける前に私はぴしゃり、と言い放ちます。


 この人は本当に懲りない方ですね。この前から、「あーん」は断っているというのに、まだ諦めていないようです。


「えー……。一回くらいも、駄目?」


「駄目です」


 大上君は子犬のように瞳を潤ませつつ、強請ってきますが私は首を横に振ります。


「それじゃあ、俺が赤月さんに『あーん』するのは?」


「……何故、そうなるんですか」


「俺がしたいなぁと思ったからだよ」


 純粋な笑顔を浮かべつつ、そう言われても下心が丸見えですよ、大上君。


「……想像したら、絵面が餌付けされているような状況に見えたので、却下です」


 はっきりと断ると大上君は盛大に肩を落とす素振りを見せましたが、恐らく諦めてはいないのでしょう。


「赤月さん」


「はい?」


「あーん、して?」


「……」


 諦めるどころか、何かの火を点けてしまったようですね。


「赤月さん。はい、あーん」


「……」


 えっ、これはまさか私が、大上君が摘まんでいるさくらんぼを食べるまで、続く感じですか。


 大上君はさくらんぼを摘まんだまま、全力で待機しています。私は少しだけ考え、そして一つの決断をしました。


 大上君が摘まんでいるさくらんぼをひょいっと、自分の手で摘まんでから受け取り、そして口へと運びます。


「……」


 大上君も私がそのように行動するとは思っていなかったようで、空になった手と私を交互に見てから、そして何故か噴き出しました。


「ふふっ……。考えたね、赤月さん」


「……さくらんぼに罪はありませんから」


 「あーん」して、食べさせられるのが恥ずかしいだけで、さくらんぼは好きです。私は大上君から生暖かい瞳で眺められつつ、ゆっくりとさくらんぼを咀嚼します。


 やっぱり、何度食べても甘酸っぱかったです。

 

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