赤月さん、大上君を覗き見る。
すると大上君は突然、立ち上がって、長袖を腕捲りし始めました。
「そろそろ、お腹が空いたよね? 夕飯を作るから、食べながらさっき買ったDVDでも観ようか」
「えっ……。それじゃあ、私もお手伝いします」
私が立ち上がりかけると、大上君は右手でそれを制してきました。
「いいよ、赤月さんはそこに座っていて。……あ。それと、赤月さんがスーパーで買った食材は冷蔵庫に入れさせてもらっているから」
「わざわざありがとうございます。……でも、本当に手伝わなくていいのですか?」
「うん。今の赤月さんはお客さんだからね。……はっ! でも、夕飯を作ってもらうのを手伝ってもらったら、新婚夫婦みたいな気分を味わえ──」
「私は大人しく、ゆっくりとさせていただきますね! 大上君、今日はご馳走になります!」
大上君が全てを言う前に私は笑顔で大上君に手を振りました。危ういところでした。このままでは大上君の独特の速さに飲み込まれてしまうところでした。
大上君は少しだけしょんぼりとした表情で台所の方へと歩いていきましたが、あなたが余計なことを言わなければ、夕食を作るお手伝いはしていましたよ。
ただ、新婚夫婦みたいな気分を味わいたいというどこか邪な考えに、私が気恥ずかしさを抱いただけなので。
そういえば、私もスーパーで食材を買っていたのを忘れていましたね。消費期限が近いものは買っていないので、暫く大上君の家の冷蔵庫にお世話になるとしましょう。
今日の夕食には、本当ならば私はカレーを作ろうと思っていたのですが、大上君はどんな夕飯を作るつもりなのでしょうか。
大上君は料理が割と出来るようで、あまりコンビニのお弁当を買わずにほとんど自炊で生活しているそうです。
昨日のたこ焼きもとても美味しかったので、実は大上君が作る料理が楽しみだったりします。
今日の夕食は何だろうと思って、炬燵に足を深く入れていると、台所の方から激しい音が聞こえてきました。
恐らく、何かの食材をまな板の上で包丁を使って切っている音なのでしょうが、それにしては激しい気がします。
私はこっそりと台所に通じる扉を開けて、覗き込んでみました。
ですが、そこには私の想像以上のものが待っていたのです。
「──はぁぁぁ、もう赤月さんが可愛すぎて辛いぃぃっ。何なんだ、あの可愛さは! 小動物なんですか! 目を瞑って、ぷるぷる震えて、俺にどうしろって言うんだぁぁ!」
何やら呪文のようなことを叫びつつ、大上君は連打と言っていい程に玉ねぎを超高速でみじん切りにしていました。
切り目も揃っているのでプロ顔負けの技術と言っても過言ではないでしょう。
「手を出すなっていう方が無理なんですけどーっ! 可愛すぎて俺の理性が持たない! 持ったけど! 持たせたけれど! よくぞ、勝った俺の理性! そして恥ずかしがる表情も声も全部、記録に残したいぃぃっ!」
今度は人参をみじん切りにしていきます。叫んでいる言葉さえなければ、一流の料理人のようにも見えます。
見えるだけで、吐き出される言葉は比例していませんが。
「柔らかすぎて、壊れそうで怖いし、でも可愛いし、匂いは良いし。……ふわぁっ!? そういえば俺、赤月さんの後に風呂に入ったんだった。うわあぁぁっ、どうしよぉぉっ、もう、この身体、洗えないよぉっ! って、洗ったけれど!!」
そんな叫び声との間に壁を作るように、私は静かに扉を閉めました。
「……何も見ませんでした。何も」
私は何度も頷きつつ、炬燵へと戻りました。きっと気のせいでしょう。
お腹が空いているので幻影でも見たのかもしれない。そういうことにしておきましょう。
私はそれから暫くの間、無言のままで大上君がチャーハンを作って持って来てくれるまでじっと座って待つことにしました。
その後、大上君は何事もなかったように爽やかな顔で、「簡単なものだけれど、良かったらどうぞ」と言ってきたので、私も何事もなかったように「ありがとうございます」とだけ答えておきました。