赤月さん、大上君に迫られる。
「ねえ、今は付き合っている人、いないんでしょう?」
「い、いないですけれど……」
再び、ぐいっと大上君の顔が近づいてきます。
先程のしおらしい雰囲気の大上君はどこかへ行ってしまったようですね。少しだけ儚げで潤しい感じに見えていたので残念です。
「そして、好きな人もいない」
「うぐっ……。どうして、そんなことまで知っているんですか……」
確かに私には恋人も好きな人もいません。今までの人生の中で私に色恋沙汰なんて一度も起きたことはありませんでした。
しかし、どうしてこれほど大上君は私のことを知っているのでしょう。
同じ高校からこの大学に入って来ている人は数人だけで、特に仲良くしているのは幼馴染の二人だけです。
親友でもあり、幼馴染である彼らが私の情報をそう簡単に他人に喋ってしまうわけがありません。彼らは私よりも用心深い人達なので。
そうなると、やはり大上君が個人的に私のことを調べ上げたのでしょうか。
あ、ちょっと想像するのは止めておきましょう。鳥肌が立ちそうです。
「良かった。それなら、遠慮なく君の初めてを俺が好きなだけもらえそうだね」
「ちょ、ちょっと待って下さい! 話がまた飛躍していますよ! その言い方はまるで──」
恋人になって欲しい、なんて言葉が隠れているような気がしましたが気のせいだと信じたいです。
「あ、そうか。こういうのは順番が大事だもんね。赤月さんはしっかりしているなぁ」
真顔で何度か納得するように頷いた大上君は、また爽やかな笑顔を私へと向けてきます。
「赤月さん、俺と恋人として付き合わない?」
「んんっ? 飛躍はしていませんが、どうしてそういう話になるんですか?」
「さっきも言ったでしょう? 俺は君が好きだから、だよ。好きだからもっと知りたいし、近づきたいし、触りたいし、食べたいんだ。……君と深い関係になりたいんだ」
どうしてでしょう。大上君が言うと、随分と怪しげな言葉に聞こえてきますね。
ですが、世の女性が聞いたならば歓喜しそうな言葉達です。
「でも、そういうことが許されるのは『恋人』や『夫婦』といった、関係がないと駄目でしょう?」
「そ、そうですね……。あまり、良く分かりませんけれど」
「だから、恋人になろう。俺は君といちゃいちゃしたい。いちゃいちゃしながら、恋人だからこそ出来ることをしたい」
「……」
少し、頭が痛くなってきましたが、ここは一度落ち着くことが大事でしょう。
「……あのですね、大上君」
「何かな?」
「……そこには、大上君の気持ちがたくさん含まれていることはよく分かります。そして、あなたの私に対する好意も読み取れます」
「うん」
「ですが、そこに……私の気持ちはありませんよね?」
「……」
私がはっきりとそう告げると大上君は意外だと思ったのか、目をぱちくりと瞬かせていました。
「そういえば、そうだね」
「そうでしょう!? だって、あなたが私を追いかけていた理由はあなただけのものですし、私があなたから逃げていた理由は私だけのものです。つまり、二人の気持ちは交差していないんですよ!」
私は懸命に自分の気持ちを訴えます。
今のところ、私が大上君に対する恋情は全くありません。むしろ、近づきたくはない相手だったので、今でも警戒しているくらいです。
「でも、付き合い始めてからお互いを知っていくことだって、よくあるだろうし」
どうしても私と恋人になりたいようです。
「……ちなみに断るという選択肢は」
「ないかなぁ。断ったとしても、受け入れてくれるまでずっと付きまとうつもりだし、何なら先に俺達が恋人の関係を持っているって周囲に周知させることも出来るし、それに──」
にこりと意地の悪そうな笑顔を浮かべてから、大上君は言葉を続けます。
「既成事実を作ってしまえば、もう夫婦になるしかないだろう?」
……わぁ、引きます。恋人関係を吹っ飛ばして、夫婦の話まで持ち出してきました。
この人、私と結婚したいと思っているのでしょうか。ちょっと、今のところは無理です。
確かに大上君の顔は私の好みの方ですし、出身校での成績も運動神経も良かったと風の噂で聞きました。何でも出来る上に人付き合いも良く、人当たりが良いと聞いています。
客観的に見て、人間としては良い人かもしれません。
それでも、先程の私への迫り方はちょっと異常に感じられたのです。
ただの好意以上の気持ちがそこに含められている気がして、彼の前で気を抜けば、本当に色んな意味で食べられてしまうかもしれません。
だからこそ、自衛となるものが必要なのだと私はこの数十分で強く感じました。