赤月さん、雷を怖がる。
寝ないようにと注意しつつまどろんでいると、窓の外が一度、眩しく光り、それから数秒後「ドゴォォンッ! ゴロゴロゴロ……」と鈍い音が響き渡りました。
「ひゃあっ……!」
突然の雷に驚いて、身体を震わせているとお風呂場の方から騒がしい音が聞こえて来て、やがて超高速で着替えたであろう大上君が慌てた形相で部屋へと入ってきました。
「赤月さん、大丈夫!? 今、悲鳴が聞こえたけれど……!?」
今の悲鳴が閉め切っていたお風呂場まで届いていたんですか。大上君、耳も良いんですね。
急いで駆けつけてくれたようで、髪は濡れたままでした。
「驚かせてすみません。雷が鳴ったので、つい……」
「ああ、雷か。……赤月さんに何かあったのかと思ったよ」
「叫んでしまって申し訳ないです。私は大丈夫なので、どうかゆっくりと髪を乾かして来てください」
「うん。俺も早とちりして、ごめんね?」
安堵した表情で大上君は苦笑しながら、脱衣所へと戻っていきます。
暫くしてから、大上君はドライヤーで乾かした髪を手櫛で整えつつ、部屋へと入ってきました。
「それにしても中々、大きい雷だったね。風呂場にまで聞こえてきたもん」
「そうですね──」
そんなことを話していると再び、空が光ってから数秒後に雷が落ちる音が響き渡りました。
「ひぎゃっ……」
驚いた私は思わず肩を揺らしながら、小さく叫んでしまいます。
「……赤月さん、もしかして雷が苦手だったりする?」
「……うぅっ……。恥ずかしながら実は……。小さい頃、白ちゃん達と山へ遊びに行った時に夕立ちに遭いまして。三人で大きな木の下で雨宿りしていたら、目の前に立っていた木に雷が落ちた瞬間を見てしまったんです……。あれは……かなり怖かったです……」
「それはまた稀有なことを経験しているね……」
昔話を話しているうちに再び、どこかに雷が落ちたことで轟音が響きました。
「ひゃんっ……」
何だか、大上君には情けない姿ばかりを見せてしまっている気がします。
私が耳を両手で塞いで、雷の音に耐えているとすぐ傍で温かいものが触れた気がして、薄く目を開けました。
いつの間にか、私の左隣に座っていたのは大上君でした。至近距離で、しかもお風呂上りなので、柔らかな匂いがふわっと漂ってきます。
「お、大上君?」
瞳を上へと向けると大上君と視線が交わりました。彼はにこり、と笑ってから私の方へと両手を伸ばしてきます。
「効果があるかどうかは分からないけれど、俺の手で良かったら貸すよ」
「え?」
訊ね返す暇もないまま、大上君が私の手に重なるように自分のものを重ねていきます。
「大上君? あの……」
ですが、耳を塞がれているので大上君の声はこちら側には聞こえません。
視線を向ければ、「怖くないよ」と言わんばかりの笑顔がそこにはあるだけです。
暫くの間、雷が遠ざかるまで大上君は私の耳を塞いでいてくれました。
それまでは怖いと思っていた雷ですが大上君と近距離で、しかも直に触れられていたことで、私の心臓は別の意味で高鳴ったままです。
──吊り橋効果、これは吊り橋効果だと何度も自分に言い聞かせていましたが、それでも大上君の温かな手の温度に触れたことで、私は新しい熱を心の中に生んでしまいました。
もちろん、本人には秘密ですが。
きっと、身体が熱いのは大上君のせいです。絶対に違いありません。
そんなことを思っているうちに、雷の怖さが少しずつ遠のいていったので、大上君にはまた感謝しなければならないでしょう。
この人は本当に、私にとっての怖いものを簡単に覆してしまう人ですね。
でも、その優しさに私は救われているのでしょう。
重ねられている手の温度が、どうかこのまま続けばいいなんて、そんなことを思ってしまったことは大上君には秘密ですが。