赤月さん、大上君の家に誘われる。
スーパーで買い物を終えた私達は隣接している本屋へと向かいました。
すると店の入り口のところに、本屋でかつては新品で売られていたDVDが割引されているワゴンが置かれていました。
どうやらDVDを二枚選んで、千円程の値段で売られているようですね。かなりお得なお値段だと思います。
何気なく、ワゴンの中を覗き込むように視線を巡らせていると私が以前、観たいと思っていた映画のDVDが置かれているではありませんか。
「わぁっ……。これ、ずっと観たかった映画だ……」
私は何気なくそのDVDを手に取って、眺めてみます。
「ん? ああ、その映画って数年前くらいに人気があった映画だよね。確か、犬と飼い主の感動物語、だっけ」
「そうなんです。私、動物ものに弱くって……。でも、私が住んでいるところは映画館に行くまで二時間程かかる場所だったので、中々映画を観に行ける機会がなくって」
「分かるよ。俺の地元も電車が一時間に二本くらいしか通らない田舎だから、映画館に行くのに凄く時間がかかっていたもん」
どうやら大上君も私と同じような思いをしたことがあるのですね。共感し合えるものがあると親近感が沸きますね。
「うーん……。でも、観たくても今は観るための機材がうちにはないんですよねぇ」
そう言って、私は手に取っていたDVDを惜しむように元の場所へと戻しかけた時でした。
ぱしっと軽やかな音がしたので、視線を向けると大上君がDVDを持っている私の腕を掴んでいました。
「赤月さん。良かったら、うちでDVDを観て行かない? ちょうど、DVDを観る機材もあるよ」
「え……?」
「俺も気になっていた映画があったから、一緒に買おうと思ったんだよね。ほら、このワゴンセールって、二枚で千円でしょう? せっかくだから、一緒に買わない?」
大上君はそう言って、私の手からDVDをするりと抜き取っていきます。
「そ、それは……えっと……」
「つまり、俺の部屋で赤月さんと一緒にこの映画を観られたらいいなと思って。……どうかな?」
何と、大きなお誘いを受けてしまいました。
大上君の部屋で、一緒にDVDを観る──。
付き合ってもいないのに、部屋にお邪魔してもいいのでしょうか。それよりも、密室で大上君と二人きりなんて、少し危険なのではと頭の中に浮かんできます。
すると、大上君は私の脳内の思考を読んだのか、有無を言わせぬ笑顔でにこりと笑います。
「大丈夫だよ。まだ恋人じゃないのに、変なことなんてしないから」
「まだって……」
「あっ、つい、本音が。……友達の家でDVDを観るなんて、よくあることだろう?」
「うーん……。それはそうかもしれませんが……」
「俺もこの動物の映画、観たことがないから観てみたいなぁ……」
「うぐ……」
大上君のうるうるとした瞳が私へと向けられてきます。
「……仕方ないですね。でも、映画を観ている最中に変なことをしたら、許しませんよ?」
「うん、了解。それじゃあ、この後、俺の家に寄っていく? それとも明日がいい?」
私は腕時計に視線を向けます。
今日はアルバイトが早く終わったので、まだ十七時前の時間帯です。
「では、今からお伺いしましょうか。……せっかくですし、夕飯もご一緒します?」
「します!!」
大上君からは全力の返答が返ってきました。
そんなわけで、大上君の家でDVDを観ながらご飯を食べることが決定しました。
ちなみに大上君が選んだ映画は歴史ものの映画でした。私もこの映画には興味があるので、時間があれば一緒に観たいですね。
DVDは二人でお金を半分ずつ出し合って購入しました。でなければ、大上君はすぐに奢ろうとするので。
ですが、買い物を済ませた私達が外に出ると先程よりも空を覆っている雲は厚くなっており、今にも降り出しそうな状態になっていました。
鼻をかすめていくのは雨が降る前の匂いです。
「さすがに食品しか置いていないスーパーには、傘は売っていないからなぁ」
「降り出す前に、小走りで大上君の家に行きましょう」
「そうだね」
そう言って、本屋から出て数分後のことでした。とうとう雨は降り出し、やがてそれは強いものへと変わっていきます。
「降ってきたか……」
スーパーで買い物をした際に店員さんから貰ったビニール袋が一枚余っていたので、その中に鞄を入れて、濡れないようにしました。
大上君もビニール袋を持っていたようで、すぐに自分の鞄を入れていました。これで貴重品が濡れることはないでしょう。
どうか、これ以上、雨足が強くなりませんようにと祈っていると、私の頭の上に何かが被せられました。
「わっ……」
気付けば、大上君が着ていたはずのジャケットを脱いでおり、それを私の頭に被せていたのです。
「赤月さん。それを被って、濡れないようにするといいよ」
「でも、大上君が……」
「赤月さんに風邪を引いて欲しくはないからね。──あ、そこの角を左に曲がった先を真っすぐに進んだところに俺が借りているアパートがあるから」
大上君は反論する隙も与えないまま、小走りで進んで行きます。
「もうっ……」
お礼を言う暇さえもなかったので、私は少しだけ頬を膨らませて、大上君の後ろを付いて行きました。
貸してもらったジャケットには、まだ大上君の熱と匂いが残っていて、何だかいけないようなことをしている気分になってしまいます。
大上君からの好意と厚意。
どちらも嬉しいものであるはずなのに、どうしてこんなにも平常心が揺らされていくのでしょうか。
その理由を知らないまま、私は雨が降る道を小走りで駆け抜けていきました。