赤月さん、幼馴染達と笑い合う。
すると、白ちゃんはどこか悲しそうな顔をしながら一歩、私へと近づいてきます。
「……千穂が進むというなら、僕達もちゃんと全てを打ち明けないとな」
「真白……」
ことちゃんも白ちゃんの言葉に同意するように唇をぎゅっと噛んでいます。
その時、私は彼らが何を話そうかとしていることに気付きました。
「あのね、僕達は──」
「待って下さいっ」
白ちゃんが言葉を続ける前に私はわざと切りました。まさか止められるとは思っていなかったのか、二人は驚いたように目をぱちくりとしています。
「あのっ……。白ちゃん達が今から何を言おうとしているのかは分かります」
「……」
「……私をあの時から、守っていてくれたんですよね。それなのに、私はずっと知らないふりばかりをしてしまいました。本当にごめんなさい……」
深く頭を下げて、二人に向かって謝ります。
本当は白ちゃんとことちゃんが私に知られないようにとあることをしていたのは知っていました。それは、陰ながら私を守ることです。
私に害を成しそうな人間を近づかせないように注意しつつ、守ってくれていたのです。
それなのに、私は今までそのお礼を言うことも出来ずに二人に甘えてばかりでした。
「二人のおかげで、私は毎日を穏やかに過ごせたんです。だから……どうか、二人がしてきたことを謝らないで下さい」
「千穂……」
白ちゃんは苦しそうに目を細め、ことちゃんは泣きそうな程に顔を歪ませていきます。
二人からは聞かされてはいませんが、私を傷付けた相手にこっそりとやり返していたことは知っていました。
その方法も大人が手を出せない程に巧妙で、そして誰に対しても秘密のやり方だったことも知っています。
手を汚す、と言っていいのか分かりませんが、彼らはそうやって、私を傷付けた人達を遠ざけて、守って来てくれていたのです。
そのやり方はもちろん良いものではないでしょう。それでも、二人が心を砕いて私のことを守ってくれていたことを感謝しないわけがないのです。
「ありがとうございます、白ちゃん、ことちゃん。二人に心配と気苦労ばかりかけて、凄く申し訳ない気持ちでいっぱいなんですけれど……。でも、やっぱりずっと一緒に居たいんです。トラウマを克服するまで時間はかかると思いますが、これからも一緒に居てくれますか」
ぐしゃりと先に表情が崩れたのは白ちゃんの方でした。彼がこのような表情をするなんて珍しいです。でも、さすがは白ちゃんで、泣いてはいないようです。
「……本当はね、僕達も千穂に嫌われてしまうんじゃないかと気が気でなかったんだ」
「白ちゃん……」
「だって、千穂は優し過ぎるんだもの。君は傷付けられても、大丈夫だって言ってしまう人間だからね。だからこそ、僕達は君に知られないように秘密を作ってきたんだ。でもね……」
そして、白ちゃんは静かに笑います。まるで雨空が晴れたように。
「僕達だって、千穂と一緒に居たかった。千穂に、笑っていて欲しかった──。ただ、それだけで良かったんだよ。……今までやって来たことは、僕らが勝手にしてきたことだ。それが自己満足だって分かっていたけれどね。だけど……」
どこかすっきりしたような顔で白ちゃんは言葉を続けます。
「だけど、これからも僕達と幼馴染でいてくれるかい、千穂。身勝手で、陰湿で、ずるい奴だけれど。……それでも僕達は君のことが大好きなんだ」
「っ……。もちろんです。私も白ちゃんとことちゃんのことが大好きですから」
私がすぐに答えると白ちゃんは心底、安堵したような表情を浮かべて頷き返しました。本当は心苦しく思っていたのかもしれません。
「私も千穂が大好きだぞ! 千穂が幼馴染離れしたって、ずっと一緒に居るからな!」
「幼馴染離れ出来ていないのは小虎の方だけれどね」
「うるさい、真白!」
いつも通りの二人のやりとりに私は思わず笑ってしまいます。
迷惑ばかりをかけてきたことで、二人に幻滅されたらどうしようかと思っていたので、つい安堵の溜息を隠すように吐いてしまいました。
ひとしきり、白ちゃんとことちゃんが言い合いをしたあと、ふっと空気は静まっていきます。
「……それで、大上は千穂に何を助言したのかな?」
おや、いつの間にか白ちゃんは大上君のことを呼び捨てにしているようですね。
「うーん、簡単に言えば、赤月さんがトラウマに向き合うための手伝いをしようかなと思って」
「手伝い?」
ことちゃんは疑うような目で大上君を見ています。
どうか、大上君が先程、私に対して行ったことをぽろりと零してしまいませんようにと密かに祈るしかありません。
「怖い感情を忘れたままにしておいても、トラウマを克服することは出来ないからね。だから、首に触れられても、怖いという感情が先に出ないように別の感情を上書きしていけばいいと思ったんだ」
具体的ではありますが、そのやり方を明言することは避けたようです。私は思わず、ほっと溜息を吐きました。
「なるほどな。……まあ、そのやり方をどんな風にするかは聞かないけれど……」
白ちゃんは大上君の肩にぽんっと手を置いてから、冷たい風を吹かせつつ微笑みを浮かべます。
「千穂を傷付けるようなことをすれば、僕達が君をこの世から抹消するから、そのつもりで」
「うん、心得ておくよ」
にこやかに大上君は笑みを返していますが、その目は笑っていません。
怖いものがなさそうな大上君ですが、さすがにこの世から抹消されるのだけは勘弁して欲しいみたいですね。
「さて、それじゃあ落ち着いたし、発表の準備の続きでもしようか、赤月さん」
「はいっ」
先程よりも少しだけ軽くなった心で、私は返事を返します。改めて思い返せば、私はとても恵まれているのだと感じました。
私のことをずっと心配して、陰ながら守ってくれていた白ちゃんとことちゃん。
そして、トラウマに立ち向かうために一緒に手伝うと言ってくれた大上君。
こんなにも優しい人達に恵まれているのだと、今日、改めて思ったのです。
少し前までの私ならば、卑屈になっていたかもしれませんが、もうそんな風に自分を貶めることは止めたいと思います。
私は、私のことを信じて傍に居てくれる人達に見合う人間になりたいと思ったからです。
俯いて、誰かの顔色ばかりを窺うような自分ではなく、ちゃんと胸を張れるような自分になりたいのです。
なので、少しずつですが変わろうと思います。もちろん、簡単に変わることは出来ないと思いますが、自分なりのやり方で試していきたいのです。
……そうして、もっと胸を張れる人間になれたら、ここにいる三人は誇らしげに思ってくれるでしょうか。
そう思ってくれる日がいつか、来たらいいなと思います。
温かい気持ちを抱きつつ、私は三人に気付かれないように、静かに笑みを浮かべていました。