赤月さん、大上君を心配する。
「……わ、私は……あなたのことは嫌いかもしれません」
顔を逸らしつつ、自分の意見を一生懸命に主張してみます。
「いいよ? 俺が君のことを好き──それが許されるだけでいいんだ。それにやっと俺の存在を認識してくれたんだから、今は『嫌い』でも構わない」
「うぐっ……」
一方的に好きでいるのでさえ構わないと彼は言います。
そんなの、寂しくはないのでしょうかと同情しそうになりましたが、ここでほだされるわけにはいきません。
「た、食べられるのも嫌です」
「どうしても駄目? 一口だけでも」
「駄目ですっ……。物理的にも駄目ですし、その……そういう意味で食べるのも駄目です。だって……そ、そういうのは……。私の、初めては……す、好きな人のために……あげたいって思っているので」
かすれそうになる声で必死に返事をすると、大上君は何故か両手で顔を覆っていました。
「お、大上君?」
「ううん、気にしないで。予想外──いや、予想通りの可愛さなんだけれど、心臓を貫かれる感覚が予想外に苦しかっただけだから」
「は、はぁ……」
しばらくの間、大上君は顔を隠したまま深呼吸していましたが、息が整ったのか、顔を上げました。そこには先程までと同じ爽やかな笑顔があるだけです。
切り替えが早いみたいですね。
「俺も君を怖がらせたことは謝るよ。……ただ、こんなにも好きなのに近づくことも出来なくて、感情を自制しきれなくて爆発しちゃったんだ。何というか……発情期? みたいな」
「……何だか、犬みたいですね」
「うん、そうだよ」
けろりとした表情で大上君はそう言いました。
「俺、犬なんだ。正確に言えば、狼だけれど」
「はい?」
ものの例えというやつでしょうか。
男性は獣、つまり狼も当てはまりますからね。大上君もその自覚があるということでしょう。
ですが、私がよほど間抜けな顔をしていたのか、くすくすと笑いながら、大上君は左手の指先で私の頬に触れてきます。
思わず、びくりと身体を揺らせば、大上君は目を細めつつ、囁いてきました。
「そして、君は赤ずきんだ。──俺だけの、ね」
「……は?」
一体、何を言っているのでしょうか。
女の子を口説くための甘い台詞のつもりなのでしょうか。
よく分からずに首を傾げると、大上君は何故か切なそうな表情を浮かべるのです。
何かに苦しんでいるような、辛そうな、そしてほんの少しだけ悲しみが混じった顔に見えました。
その理由が分からない私はそれまで、大上君に迫られていたことを一先ず置いておいて、聞いてみることにしました。
「どうしたのですか?」
「え?」
「あの、今……。何だか、大上君が辛そうに見えたので」
すると大上君は大きく目を見開いてから、右手で口元を押えました。
まるで顔を見られたくはないと意思表示しているみたいです。そして、小さな声で唸り始めます。
「あー……。他の奴の前だと、平常心を保つのは得意なんだけれど……。うん、やっぱり、君の前だと上手く隠しきれないな」
そう言って、どこか自嘲気味に笑うのです。
先程までの変態さは一体どこへ行ったのでしょうか。
「何というか、赤月さんが近くにいると色々と我慢出来なくなってくるんだよね。例えるなら……胸の辺りがムラムラする感じ、分かるかな? こう、身体が疼くというか……。全てを出し切って、すっきりしたいって気分なんだけれど」
「わ、分からないです……」
もし、私の感情が可視化されるならば、きっと周りには「はてなマーク」がたくさん出ていることでしょう。
素直に答えると大上君はふっと息を漏らすように笑いました。
「純粋だなぁ、赤月さんは。……ということは、男については何も知らないし、分かっていないってことだよね? うーん、余計に俺色に染めたくなっちゃうな」
「ひぃっ……」
腹黒そうな大上君が再臨したようです。
どうやら、まだ私のことを諦めていないようですね。私は先程、きちんと拒絶しましたが、大上君はそのことを忘れてしまったのでしょうか。