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赤月さん、大上君に手伝ってもらう。

 

 大上君に私が隠してきた秘密を知られたことで、頭の中が真っ白に変わっていきます。


 再び、過呼吸を起こしそうになっていると大上君が私の両肩に手を置いてきました。突然、触れられたことで私の思考は一瞬で現実へと戻ってきます。


「落ち着いて、赤月さん。……大丈夫、ここには君を害するものは何もないから」


「大上君……」


 私を落ち着かせるためなのか、大上君は優しげな笑みを浮かべました。


「全部……全部、聞いてしまったのですか」


「うん。……俺が赤月さんのことを教えて欲しいって冬木君達に頼んだんだ。だから、彼らを責めないであげて」


 穏やかにそう告げてから、大上君は私の両肩に置いていた手を下ろして、どこか困ったような表情を浮かべます。

 ですが、それは一瞬だけで、すぐに真面目な表情へと移り変わりました。


「……無意識だったとは言え、君を傷付けてしまったことを謝らせて欲しい。……本当に、すまなかった」


「そんなっ……。大上君は何も悪くないのです……! 私が……私がいつまで経ってもトラウマから抜け出せないから……。私が、弱いから……っ」


 ですが、それ以上の言葉を呟く前に大上君の人差し指が私の唇に触れたことで、言葉を続けられなくなってしまいます。


「それは違うよ、赤月さん。……誰だって、傷付けられれば、怖いという感情を持つことは何もおかしいことじゃない。それに……悪いのは君じゃないだろう?」


 大上君は人差し指をゆっくりと離していき、ふっと息を漏らした。


「……ねえ、赤月さん。首元を見ても……いいかな」


 その言葉に、私はつい肩を震わせてしまいます。


「大丈夫、指先で触れたりはしないから。でも、無理には……」


「……どうぞ」


 私は大上君の方へと向きなおり、首元がしっかりと見えるように、服の襟を少しだけずらしました。


「痕はもう残っていないのです。でも……怖いものはやっぱり、怖くって……」


 じっと大上君の視線が私の首元に注がれていることにどこか居心地の悪さを感じた私はすっと視線を逸らします。


 大上君は何かを考えるように黙り込み、そして首元を見つめたまま、一つ頷きました。


「赤月さん」


「は、はい……」


「君の過去のトラウマを拭うことは出来ないかもしれないけれど、それでも上書きすることは出来るかもしれない」


「えっ……」


 大上君の言葉に私はつい、呆けた声を上げてしまいます。今、彼は何と言ったのでしょうか。


「けれど、そのためには赤月さんの協力が必要不可欠なんだ。……でも、君が嫌だというならば、無理強いはしない」


「……」


 大上君の瞳はいつもと違って、真剣そのものでした。彼が何かを覚悟していると気付いた時、私の心の中に課せられた枷が幾分か、軽くなった気がしました。


「もし、この方法が駄目だったとしても、別の方法で君が抱いているトラウマを薄めていきたいと思う。時間がかかったとしても君を──救いたいんだ」


 黒い瞳が私を捉えたまま、動くことはありませんでした。だからこそ、分かってしまったのです。


 彼が、私のために、手を伸ばすと。

 その温かな手を知ってしまえば、きっと自分は縋ったまま離さなくなるのでしょう。


「……私が……トラウマに立ち向かうことを……手伝って、下さるんですか」


 言葉をゆっくりと紡いでいけば、大上君は優しげな表情を浮かべて、こくりと頷き返します。


「君が望むなら、俺は何だってやるよ」


 本当にその言葉通りにやってしまいかねない笑顔で大上君ははっきりと言い切りました。見ていて安心出来る笑顔に私は思わず、苦笑するように笑ってしまいます。


「……今、私はあなたが頼もしく見えていますよ、大上君」


「それなら、嬉しい限りだ」


「……それで、具体的にはどのようなことをすればいいのでしょうか」


 内心では、再び恐怖が蘇ってきてしまうのではと恐れていましたが、大上君はそんな不安を吹き飛ばすような笑顔を浮かべたままです。


「君の首にゆっくりと触れたいと思う」


「っ!」


 予想外の荒療治に私は思わず目を見開いてしまいます。動けなくなっていると大上君は慌てて、私の両手をぎゅっと握りしめました。


「大丈夫だよ、指先では触れないから。ほら、こうやってお互いの両手を握っていれば、指先で触れることはないだろう?」


「それは、そうですが……。では、一体どうやって……」


「うーん……。先に言ったら、赤月さんにこのやり方を断られそうだからなぁ。効果も半減しそうだし」


「……」


 むしろ、どのような方法で私の首に触れるつもりなのか気になります。


 でも、指先ではないならば、私のトラウマが引き起こされることはないのか、という点については気になるところです。


「……いいですよ。でも、目を開けておいてもいいですか」


「いいの? 君が嫌がることかもしれないのに」


「指先ではないならば……耐えられるかもしれないと思ったので」


「……分かった。けれど、本当に嫌だと感じたら、俺のことを殴るなり、頭突きするなりしてくれて構わないからね」


「わ、分かりました……」


 本当に一体何をするつもりなのでしょうか。


 けれど、これは大きな一歩になりえる行動です。

 私は今まで、トラウマに立ち向かうことはしませんでした。むしろ、出来なかったと言うべきかもしれません。

 

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