赤月さん、大上君に抱きしめられる。
突如現れた大上君は床の上に座り込んでいる私を見て、どこかはっとしたような顔を浮かべてから、すぐに扉を閉めます。
見上げた時、一瞬だけ彼が泣きそうな顔をしていたのは何故でしょうか。その表情がとても辛そうに見えたのです。
「……赤月さん」
「……みっ……みないで、ください……」
呼吸が上手く出来なくて、しゃくりあげてしまう私の目の前に、一つの影が映ります。
いつの間にか、大上君がその場に膝を立てて、私の顔を窺っていました。
「……赤月さん、先に謝っておく。ごめん」
大上君が早口でそう告げた次の瞬間でした。温かいものが一瞬にして私の身体を包み込んできたのです。
「ぁ……」
状況が分からない私は思わず、小さな声を上げてしまいます。まるで、それまでの思考が停止したようにも感じられました。
「君に触れて、ごめん。でも……」
ぎゅっと、私を抱きしめる大上君の腕に優しい力が宿った気がしました。その腕は絶対に私を傷付けないものだと、すぐに気付きます。
「でも、今は……これしか、思いつかなくって……」
そう言って、大上君は私の背中に右手を添えてから、ゆっくりと上から下へと撫でてくれました。
その手の温度に何故か安堵してしまう自分がいます。
「っは……。はぁ……っ……」
「うん、大丈夫だよ。……ほら、空気をゆっくりと吸ってごらん。無理に肺へ入れようとするんじゃなくて、ゆっくりと。数を数えてみようか。はい、いーち、にー……」
大上君が数を数えながら、私の背中を撫でていきます。その声と温度に合わせて、私は呼吸を繰り返しました。
柔らかい声が頭上で響き、温かな温度が背中を支えるように撫でていく。
これだけで、途轍もない安堵を得られた気がして、それまで苦しかったものが次第に落ち着いていく気がしました。
「……大丈夫?」
暫くしてから、大上君は私の呼吸が整ったことを確認すると、すぐに密着させていた身体を離していきました。
「息苦しくはない? 他に辛いところはない?」
まるで子どもを心配する親のような表情で大上君は私を見つめてきます。
「大丈夫、です……。あの、ありがとうございました……。……でも、どうして……。どうして、私がここに居るって分かったんですか……」
私は胸元に手を添えつつ、何度か呼吸をしてから、言葉を発します。
すると、大上君はそんな風に聞かれたことが意外だと思ったか、瞳を丸くしてから、ふわっとした表情を返してきました。
「赤月さんがいる場所なら、どこに居ても分かるよ」
「……」
いつもならば、この軽口に対して返事をするところですが、今の私にはそんな元気さえも残っていませんでした。
むしろ、大上君のこの純粋な気持ちに今の私は助けられているのでしょう。
「それに、赤月さんを助けるためなら、俺はどこだって駆けつけてみせる」
床の上に座っている大上君は私に目線を合わせつつ、はっきりとした声でそう告げました。その言葉に思わず私の視界が滲んでいきます。
「……何で、ですか。どうして、大上君はそんなに……」
こんなにも私のことを想っていてくれるのでしょうか。
弱くて、トラウマに立ち向かう勇気さえも持っていない私のことを。
涙が溢れてしまう顔を見られたくはないのに、それでも瞳から止まることはありません。
「……きっとね、理屈じゃないと思うんだ」
「え……」
「俺が君のことを想う感情は、言葉には出来ない程に濃密だ」
大上君がゆっくりと私に手を伸ばしてきます。
先程、首元を触れた手に、思わず身体を震わせると大上君はにこりと優しく笑ってから、私の頭の上に手を置きました。
「だからこそ、俺は君を救いたいと思う」
「救う……」
ぽんぽんっと優しく頭を叩いてから、大上君は手を下ろしました。
それだけの行為だったというのに、どうして私は惜しいと思ってしまっているのでしょうか。
「君の過去を冬木君達から聞いた」
「っ……」
大上君の言葉に私の心臓は大きく跳ね上がりました。その音は次第に大きくなっていき、激しいものへと変わっていきます。
落ち着いていたはずの呼吸と心臓が激しさを帯び始め、私は胸元をぎゅっと両手で握りしめました。
──大上君に「秘密」を知られた。
それだけが脳内を支配しては、思考を停止させて、私の身体に異常を発生させていく気がしました。