赤月さん、トラウマに苦しむ。
怖い、痛い、苦しい。
息が出来ない。首元が痛む。
誰か、助けて。誰か。誰か。
「はぁっ……はっ……、っは……」
息を吸い込もうとしても、上手く呼吸が出来なくて身体が通常と同じではないとすぐに気付きました。
とにかく、あの場から逃げてしまいたかった。
発狂するような姿を大上君には見られたくはなかった故に、身体が無意識に動いてしまっていたのかもしれません。
私は普段は誰も通らない非常用階段の踊り場で力が抜けるように座り込みました。
冷たい床を感じても、冷静さは戻ってくることはありません。
「違う、違う、違う……違うっ……! 大上君は、違う。あの人達、じゃない。違う、大上君は、そんなこと、しない……!」
空気を必死に肺へと取り入れながらも、私は呪文のように呟いては脳裏に浮かぶ光景を否定していきます。
大上君から首元を触れられた際、フラッシュバックしたのは、初めて首を絞められた時の光景でした。
年上で、身長も高い男性から、嘲る笑みを浮かべられながら首を絞められる──。
そんな光景が今でも頭に残ったままなのです。
当時、小学生だった私の首を絞めた相手は、二つ上の上級生でした。
上級生が図書室で騒いでいたところを私が少し注意したことで逆上し、屈服させるように暴力を振るってきたのです。
首にはまだ、あの時の感触がしっかりと残っていて、「身体の大きな男性」に首元を触れられるたびにトラウマが呼び起こされては気絶する、ということが何度もありました。
恐怖がしっかりと残ったまま、私を縛っては苦しめ続けるのです。
いつもならば、気を失ってしまうのに、今回だけは違いました。それはきっと、「大上君は私を傷付けない」という確信が心のどこかにあったからです。
大上君は私が今まで隠していた「秘密」を知らないまま、何気なく首元を触ったのでしょう。
その偶然を責めることはしません。だって、彼には私に対する悪意などはなかったのだから。
悪いのは全て私なんです。
トラウマから抜け出せない私が悪いのです。
「違う、大上君は違う……違う、のに……っ」
喉が、苦しい。呼吸が出来ない。誰か、助けて。
このまま、気を失った方が楽なのにどうして鮮明に思い出してしまうのでしょう。両目からはいつの間にか、ぽろぽろと涙が零れていきます。
逃げたいのに、逃げられない。
忘れたいのに、忘れられない。
この苦しみと恐怖を背負ったまま、私はこれから先も生きていかなければならない。
それが途轍もなく、辛いと思えました。
このトラウマを克服することは出来ないのではと思うたびに、自分自身に絶望するのです。
私が、弱かったから。
だから、トラウマに勝つことは出来ないのだと。
「いや、だ……やだ、よぉ……」
喉元に両手を添えつつ、必死に呼吸しようとしますが、上手く呼吸が出来ずに空回りする状態が続きます。
「っ、はぁ……、はぁっ……」
過呼吸を起こす寸前でした。
もう、息もしたくない。
そう思った時、一つの声が降ってきたのです。
「──赤月さん!」
腰を抜かしたように座っていた私はその声の主を確かめるために、涙でぐちゃぐちゃになった顔をゆっくりと上へと上げます。
非常用階段の扉を思い切りに開けてきたのは、慌てているような表情をした大上君でした。