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冬木君、赤月さんに救われる。

 

 僕の腕の中で、小虎が年頃の女の子らしく泣いている。普段は負けん気が強くて男勝りな彼女だけれど、本当はとても心根が澄んでいて、友達思いの真っすぐな性格をしていた。


「教えちゃったなぁ、僕達の秘密」


 ずっと、ずっと、秘密にしてきた。

 僕と小虎が千穂を守るための秘密。


 それは千穂を害した誰かを地獄へ突き落とすものだ。


 悪い事をしている自覚はもちろんある。けれど、千穂を害した奴らが何事もなかったように、笑って生きていることがどうしても許せなかった。


 千穂は傷付いて、今もこうやって苦しんでいるのに、あいつらは笑い続ける。それが、許せなかった。


 だから、復讐をしようと決意した。被害がどれだけ出ようが構わない。

 僕なりのやり方で、相手の急所となる部分をゆっくりと潰す。


 時間がかかってもいい。千穂の前に二度と現れないように、それだけのために。


 ……けれど、本当はそんなこと、千穂が望んでいないと分かっている。分かっているんだ、これが自己満足だって。


 だって、僕達には救えなかった。大切で、大事で、ずっと守りたい人を。

 あの子が僕らを救ってくれたように、僕らもあの子を救いたかった。


「救えるかなぁ、大上伊織は」


「……」


 小虎は泣いている顔を見られたくはないのか、僕の胸に擦り付けるように抱き着いてくる。それを静かに抱き留めてから、子どもをあやすように背中を撫でた。


 そういえば小さい頃、小虎が泣いていた時もこうやって抱きしめたなぁと僕は静かに思い出す。


 


 僕──冬木真白と山峰小虎、そして赤月千穂は家が近所で、生まれた頃からの遊び友達だった。


 僕は小さい頃から女顔で、そして名前が「真白(ましろ)」だったことからよく女の子に間違えられていた。

 そのことが原因で周囲の子どもから、からかわれたりして苦痛だった。


 けれど、千穂や小虎だけは違った。僕を男の子や女の子として扱うのではなく、ただ一人の「冬木真白」として接してくれた。それが僕には途轍もなく心地良かった。


 だけど、二人が無理に僕と遊んでいるのではと疑心暗鬼になって、一度、千穂に直接訊ねたことがある。

 容姿も名前も女の子みたいな自分が気持ち悪くはないのかって。


 そうしたら、千穂は首をこてん、と傾げて何を言っているのだろうと言わんばかりの表情をした。


『真白君、お名前が嫌いなの? とっても綺麗なお名前なのに』


『え?』


『真白って、お名前、凄く素敵だなぁと思っていたの。あのねぇ、この前読んだ本に載っていたんだよ。真白って、本当に白いって意味なんだって』


『……』


『白って何色にもなれる色でしょう? だから、真白君はこれから、色んな真白君になれるってことだよね。それって、凄くかっこいいなぁって思ったの』


『かっこいい、の?』


『うん! それに真白君、お顔も素敵だから、真白ってお名前はぴったりだと思うよ。えっとねぇ……。今、私のお気に入りの本の中にお姫様を助ける王子様がいてね、その人に似ていて、すごくかっこいいよ!』


 舌足らずで、それでも感情と言葉を直結したような発言。

 悪意などなく、迷うことなく、心から素敵だと告げる姿。


 彼女があまりにも純粋な笑顔でそう言うから、僕は毒気が一気に抜けてしまって、今まで悩んでいたことが馬鹿らしく思えて来た。


 だって、僕が恥ずかしいと思っていた容姿も名前も彼女の言葉で全て、砕け散ってしまったからだ。


『……それじゃあ、(しろ)って呼んで』


『白?』


『白がかっこいいと思うなら、僕のこと、これから白って呼んで』


『分かった! うーん、白君って呼ぶのは何だか言いにくいし、ことちゃんと同じで白ちゃんって呼ぶね!』


『……うん、それがいい』


 屈託のない笑顔で彼女は「白ちゃん」と呼ぶ。その名前が呼ばれるたびに、自分の中でコンプレックスだったものが宝物のように輝いていく気がした。


 それだけでいい。口には出してはいないけれど、千穂が僕を確かに救ってくれたことに感謝していた。


 だから、彼女がトラウマを植え付けられてしまった時、どうにかして救いたかった。救い上げたかった。




 涙が止まらないのか、ぐしょぐしょの顔を僕のシャツに押しつける小虎の背中をゆっくりと撫でながら、僕は呟く。


「……僕達には救えなかった。けれど、彼なら……本当の意味で、千穂を『愛して』くれている彼ならば、千穂を暗闇から救えそうな気がしたんだ」


「……」


「でも……。僕達(・・)が、救いたかったなぁ」


 その呟きは静かに空気中へと消えて行く。

 きっと、この言葉を千穂に告げることはない。


 僕はただ、大上伊織が千穂を救ってくれることだけを静かに祈るしかなかった。

 

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