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大上君、赤月さんのトラウマを知る。

 

「僕は千穂に害を成した奴らの悪い情報を集めることにしたんだ。彼らは地元では悪ガキとして有名な奴らでね。しかも、自分達がやったことを武勇伝のように他人へと語るから、彼らの情報を集めるのは容易だったよ」


 小学四年生で諜報員のようなことをやるとは驚きだ。いや、俺も赤月さんに関することだったら、それなりにやるけれど。


「彼らは小学生だったけれど犯罪にも手を出していたんだ。まあ、商店で万引きしたり、交番に嘘の電話をして困らせたり。これらのことは、相手は子どもだからと言って、許されることではないだろう? ……だから、僕はこの話を学校や地域と言った彼らを取り巻く周囲の環境に少しずつばら撒いていくことにした」


「……」


「そうしてしまえば、あいつらに対する信用も評価も一気に落ちていくものとなった。誰もがあいつらを蔑むような瞳で見つめては、裏でどんな悪いことをしていたのか、互いにこっそりと口々に情報交換をしていく──。そうやって、あいつらにとっての味方を学校だけでなく、住んでいた町の住民からも奪っていった。元々の素行も悪かったからね、あいつらの親以外は誰も庇わなくなった。……そして、学校が長期間の休みに入ると同時に、別の町へと引っ越していったよ、あいつらは。きっと、親の方が陰口と視線に耐えられなくなったんだろうな。……まあ、今でもあいつらの居場所は特定してあるけれどね。千穂に再び害を成さないように永遠と見張り続けるつもりさ」


 それは微塵の後悔もないと告げるような口調だった。


「これが、僕の罪。もちろん、千穂にはあいつらが引っ越した原因を話してはいない。……それでも彼女は聡いからね。僕が何かをしたのだろうと気付いているみたいだった」


 そう言って、冬木君は薄っすらと笑った。まるで、自分自身を笑うように。


「けれど、千穂は僕を責めなかった。あいつらを徹底的に叩き潰して、怪我をさせた小虎を叱らなかった。……全て千穂のためだと分かっていたから、追究する言葉さえも飲み込んでいたんだろうね。……僕はね、あの子が責め立てないことを分かっていて、あいつらを断罪したんだ。……これらは僕が勝手にしたことだ。だから、僕の罪でもあり、そして秘密だ」


「──真白だけじゃない! ……私だって、同罪だ。この拳は喧嘩をするためのものじゃないと分かっていたのに、私は自分を抑えられなかった……!」


 山峰さんが喘ぐようにそう答えた。彼女の顔は涙でぐしょぐしょに濡れていた。


「許せなかった……! 千穂が苦しんで行く姿が目に映っていたのに、動けなかった……! あの子の顔が白くなっていくのが、現実だと思えなくて、私はっ……」


 山峰さんは再び両手で顔を覆ってから、呻くように泣き始める。


「……暫くの間、千穂の首に包帯が巻かれることになった。首を絞めた手の痕がくっきりと残っていたんだよ。憎らしいくらいにね。それでも千穂はすぐに痕は消えるからと言って、笑っていた。……そして、千穂を害した奴らがいなくなって、穏やかで静かな日々が来ると思っていた頃だった」


 目を細めて行く冬木君の瞳は、どんな感情が込められているのか読み取れずにいた。


「……あれは確か、六年生の学芸会が近づいている日だった。劇をすることになった僕らは、自分達で作った衣装を着て演じることになった。千穂もその一人だったけれど、彼女が衣装に着替えていた時に一人で首飾りを着けられないことに気付いた先生が手伝ってくれたんだよ。もちろん、善意でね。……その時、先生の手が微かに千穂の首に触れたんだ。たった、それだけ。一瞬にしか思えない程の接触だった。それでも、千穂は……発狂したような叫び声を上げて、気を失ったんだよ」


「え……?」


「上級生に首を絞められたことは、千穂にとっては気付かないうちにトラウマになっていたんだ。……引き金となる条件は自分よりも身体の大きな男、だ」


「……」


 冬木君の言葉に俺は思わず、はっとしてしまう。

 俺は、その条件を満たしていた。


「……小虎が千穂の首に触れても、怯えはするけれど、気を失うことはない。ただ、僕が触れば……。だから、出来るだけ髪を伸ばすようにしたんだ。元々、顔は中性的だから、髪を伸ばせば女に見えるからね」


 冬木君は自分の髪を指先で絡めながらそう言った。確かに彼は傍目には女性にも見えるだろう。

 顔が整い過ぎていることもあるが、髪が肩につく程に長いことも女性らしさを増長させていた。


 けれど、それらは全て、赤月さんのためだったのだ。

 赤月さんが怖がらなくて済むように、彼女が傷付かなくて済むように。

 

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