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大上君、冬木君から全てを聴く。

 

「赤月さんの、首を……?」


 冬木君が言った言葉は理解出来る。それでも俺は信じられないと言わんばかりに呟いてしまっていた。

 薄く笑ってから冬木君は何かを思い出すような、もしくは恨むような表情で言葉を綴った。


「あの頃、男子小学生の間で流行っていた危険な遊びがあってね。……相手の首を絞めてから、気絶したら負け、という遊びだ」


「……そんなの、ただの暴力じゃないか」


 俺が思わず、怒りをはらんだ声で告げると冬木君はその通りだと言うように首を縦に振り返した。


「そうだ。けれど、頭が空っぽな奴らはそれが『危険』なことだって、分かっていなかった。現にその『遊び』によって気を失い、かなり危うい状況に陥った子だっていたからね。学校の先生達はすぐにそのような遊びを止めるようにと厳重に注意して、禁止することにした。そして保護者にも連絡を通すことで、そのようなことが二度と起きないようにと徹底していた。……それなのに」


 ぎりっと奥歯を噛んだのか、軋んだ音が冬木君から漏れる。


「あいつらは、自分よりも小さい女の子の首を迷うことなく絞めたんだ。苦しむ千穂の顔を見ながら、笑ったんだよ……!」


 その言葉に思わず絶句してしまう。赤月さんがこの教室から出て行く時、左手で首元を押さえていた理由が今、分かったからだ。


「あいつらにとって、千穂の首を絞めることは遊び半分だったんだろう。ただ、転がりやすい玩具が出来た。それくらいにしか思っていなかった。……首を突然、絞められた千穂は呼吸することも出来なくなり、苦しさによって気絶した」


「……」


「それでも、あいつらは気絶した千穂を見て笑っているだけだった。……体格差では敵わないと分かっていても、僕が彼らに手を出そうとした時、小虎がいち早く動き、あいつらを一瞬にして蹴飛ばしていた」


 ちらりと山峰さんの方に視線を向ければ、彼女は今までの気概はなかったかのように、一人の少女として泣いていた。

 普段は強くて、喧嘩っ早い山峰さんだが、赤月さんのことは本当に大切で仕方がないらしい。


「そこからは小虎と上級生による乱闘が始まった。小虎は千穂を害された怒りで、我を忘れたように上級生達を殴っては蹴っていた。騒ぎを聞きつけた先生達が図書室へとやってくるまで、彼女が止まることはなかった」


 大事な友人が上級生に虐められて、首を絞められた光景を目にすれば、動かずにはいられなかったのだろう。

 山峰さんの迷いのない行動力を称賛すると共に、その場に俺も一緒にいることが出来ればと願わずにはいられなかった。


「千穂は救急車ですぐに病院へと運ばれた。僕と小虎はただの親友だったから、病院までは一緒に行けなかったんだ。小虎も上級生と乱闘を起こしたことで、先生達から叱責されることになり、親が学校に呼ばれることになった。けれど、図書室にいた他の生徒達が小虎の行動は千穂を助けるためだと、証言してくれたおかげで大きな罰は受けずに済んだんだ。上級生の奴らも怪我をすることにはなったが、重傷ではなかったから、『子ども同士の喧嘩』ということで丸く治められることになった」


 そこで、冬木君の瞳に翳りが生まれた。まるで、冷静さを表面に出したような表情は全て演技だったと言わんばかりに。


「僕は……いや、僕達は『何事も無かった』ようにされるのが、どうしても許せなかった。だって、千穂はあいつらに傷付けられて、気絶したんだぞ? 命は助かっているとはいえ、あと一歩で死ぬところだったというのに、それでも『子どもの遊び』で全てを済ませる奴らが許せなかった。千穂を傷付けた奴らだけじゃない。あいつらの親も、学校も何もかもが……!」


 静かな怒りが彼の口から零れて行く。山峰さんが動の怒りを持っているならば、冬木君は静の怒りだろう。


「千穂だって、そうだ。自分は大丈夫だったから、としか言わない。千穂の両親には、大したことはないと気丈に振舞っていた。上級生達とは思い違いで喧嘩になっただけだから、事を大きくしないで欲しいと。彼女の両親はそれを心苦しくも了承していた。だから、僕らはそれ以上、図書室での件を騒ぎ立てることが出来なくなってしまったんだ。本当はあの子の身体が震えているのを知っていたのに……!」


 どんっと、机を叩く音が響く。教室の窓の外では誰かの笑う声が遠くから聞こえた。


「……きっと、君は僕達のことを蔑むかもしれないね。それでも秘密を聞いていくかい?」


 まるで一緒にお茶でもしないかと軽い物言いで彼はそう言った。俺は冬木君の瞳をじっと見つめたまま、頷き返す。


「……君も物好きだな。聞いてしまえば、君も共犯になってしまいかねないというのに」


「赤月さんに関することならば、一欠けらとして聞き逃したくはないからね」


 俺がそう答えると、冬木君はどこか悲しむような、喜ぶような、そんな感情を交えた瞳で笑っていた。

 

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