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大上君、赤月さんの過去を知る。

 

 赤月さんが、突然叫んだ。

 今まで、拒否をされることはあっても、「拒絶」されることはなかった。


 彼女の首元に糸くずが付いていたから、それを普通に取ろうと思って、微かに触れただけだ。


 指の先が、触れただけ。

 それなのに、赤月さんは想像以上の拒絶を見せた。


 彼女の瞳がこちらを見ている。いつもならば、目が合うことさえ嬉しいはずなのに、今の赤月さんは俺越しに別の何かを見ているようだった。


 手を伸ばそうとしたけれど、赤月さんは悲鳴を上げて、逃げるように教室から出て行った。


 ──何故か、左手で首元を押さえながら。


 何が起きたのか分からず、呆然としているといきなり胸倉を掴まれて現実へと戻される。


「大上、てめぇ……っ!」


 目の前に映ったのは怒りと焦りが含められた山峰さんの表情だった。


「私はお前に言ったよな!? 千穂に……あの子に、触れるな、と……!」


 懇願するようにも聞こえる声色には確かに怒気が含まれている。

 彼女は俺が赤月さんにとって、してはいけない何かをしてしまったことを責めていた。


「くそっ……。せっかく、忘れかけていたと思ったのに……」


 ばんっと、机を叩きながら冬木君が呻くように呟く。それは後悔が滲むような言葉だった。


 俺にとって、知らない事情が彼らの間では起きている。それを理解した俺は、胸倉を掴んだまま離さない山峰さんの手に自分の右手を添えた。


「……教えて」


「な……」


 俺は、挑むように山峰さんを睨む。


「教えて。俺は、赤月さんに何をしたの。俺の何が、赤月さんを傷付けたの。それを教えて欲しい」


「っ……」


 山峰さんは怒りで顔を赤らめながら、空いている方の手を使って、俺の顔を殴ろうと勢いづいてくる。


 だが、顔に接触する直前でその拳はぴたりと止まった。彼女の理性がぎりぎりのところで止めたようで、拳には青筋が浮かんでおり、震えていた。


「俺には関係ないことだって、言いたいのは分かる。けれど、俺は赤月さんと関わっていきたい。だからこそ、彼女にとって俺の何が、害を成したのか、教えて欲しい」


 出来るだけ、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

 それまで怒りに満ちていた山峰さんの表情は、その矛先を俺に向けること自体が無意味だと気付いたようで、胸倉を掴む手をゆっくりと離した。


「うっ……」


 そして、そのまま山峰さんは床上に座り込んでから、か弱い女の子のように両手で顔を覆いながら、声を漏らした。


「……秘密だったんだ」


「え?」


 言葉を発したのは白い表情をしている冬木君の方だった。


「僕達が千穂を守るために。だから、秘密だった……。誰にも教えることなく、知られることなく、このまま忘れてもらうために」


 それはとても早口で。けれど、悔やむようにも聞こえる声だった。

 彼は右手で顔を覆いながら呟き始める。


「……僕達が、小学生の時だった」


 いつもの冷めたような呟きではない。まるで、生気がこもっていない程に微かな声色。


「普通で、何も変わらない小学生だった。けれど、僕達は誰よりも仲が良い幼馴染同士だった。家が近所だったから、生まれた時から一緒に遊んでいるような、そんな関係だった」


 俺の足元では、山峰さんがどうにか泣く声が漏れないようにと押し殺していた。


「小学生の時の千穂は人見知りが激しく、大人しい性格だったけれど、それでも自分の意思ははっきりと訴えることが出来る子どもだった」


「……今とあまり変わらない感じだったんだね」


「そうだよ。……そして、他人が自分を傷付ける、ということをあまり認識しない子どもでもあった」


 俺が眉を少しだけ中央に寄せると、冬木君は顔を覆っていた手をゆっくりと下ろしてから、自嘲気味に笑みを浮かべる。


「……千穂が小学四年生の時だった。図書委員だった彼女は昼休みの時間、図書当番をしていたんだ。図書室の中は基本的には騒いではいけないものとなっていた。もちろん、飲食もしてはいけないと決まっている。……けれど、二つ上の上級生達がその規則を破っていてね。その時、ちょうど司書の先生がいなかったから千穂は自分で上級生に注意をしに行ったんだ」


「……」


「彼女は普通に注意をしただけだった。他に図書室を利用している生徒の迷惑になるから、騒がないで欲しいと。その上級生達は本を使って、積み木のように組み立てて遊んでいたこともあって、千穂はかなり怒っていたがそれでも冷静に諭した。皆が大事に読んでいる本をそんな風にして遊んではいけない、と」


 赤月さんらしい、注意の仕方だ。

 だが、冬木君の表情は次第に青ざめたものへと変わっていく。何かを思い出しているのだろう。


「それなのに、上級生だった少年達は二つも年下の女の子に注意を受けたことで、逆上したんだ。生意気だ、うるさい──そんな、子どもが口走るようなことを言って……」


 そこで一度、冬木君は言葉を止めた。けれど、彼の口から零れた言葉は俺の予想を超えるものだった。




「そして、千穂の首を絞めたんだ」



  

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