赤月さん、氷像になる。
「大体、てめぇのような、ぽっと出の奴に千穂を任せられるか! 帰れ、この気障野郎!」
「いーやーでーすー。俺は赤月さんの発表準備を手伝うって、君達よりも先に約束していましたー」
まるで子どものような言い合いが始まりましたが、白ちゃんは二人が起こす喧騒を完全に無視したまま、私と同じように添削の作業を続けています。
「それに山峰さん達は赤月さんを独占し過ぎだよ! 俺だって、もっと赤月さんと二人きりになりたいのに!」
「お前のような不埒な野郎と千穂を二人きりになんてさせるわけがねぇだろう! なっ、千穂。私達と一緒に居る方が楽しいもんな! 何たって、生まれてから今までずっと一緒だからな! 付き合いが長い奴と一緒の方が断然、楽しいよな~?」
ことちゃんが全力で私に同意を求めてきます。ことちゃん、すぐに大上君と張り合うので、仲が良いのか悪いのか分からなくなりそうですね。
「これからの人生の方が長いんだから、その伴侶となる俺と一緒に居る方が絶対、絶対楽しいに決まっているね! ねっ、そうだよね、赤月さん!」
伴侶って何ですか、伴侶って。
私、あなたの彼女でも嫁でもありませんし、ただの友人枠の一人ですよ。勝手に将来を決めないで下さい。
「ほう……。それならば、てめぇの人生をここで終わらせて、千穂と過ごした時間の長さにストップをかけてやるよぉ!」
だんっと机を殴ってから、ことちゃんは厳つい表情を大上君へと向けます。
「お断りしますー。俺はこれからも赤月さんと過ごす時間を一秒足りとも逃さずに、脳内に鮮明に記憶しながら、彼女の隣で生きて行くんですー」
駄々をこねている子どもですか。
それにしても、この言い合いはいつになったら終わるのでしょうね。
そんなことを思っていると、レジュメを読み終わったのか、白ちゃんがゆっくりと顔を上げました。
「──ねぇ、千穂の発表準備を手伝う気があるなら、静かにしたら?」
瞬間、この室内が氷河期になったのではと思えるほどに、冷風が吹き通っていきました。
白ちゃんの視線は私には向いていないというのに、他の二人と同じように氷像の如く固まってしまいました。
「……はい」
「騒いですみませんでした」
それまで言い合いをしていた大上君とことちゃんは濡れたライオンのように、しゅんっと項垂れていきます。
白ちゃんは例えるならば、猛獣使いと言ったところでしょうか。
「うん、素直で宜しい。……あ、千穂。ここの文章の文献の初出、忘れないようにちゃんと書いておきなよ」
「……ありがとうございます」
つい先程まで冷風を吹かせていたのが嘘のように、爽やかな笑顔で白ちゃんはレジュメを指さしながら促してきます。
白ちゃんのおかげでそれまで騒いでいた二人も真面目に添削に集中してくれるようになりました。
それからは四人で集中しながら添削作業を進めている時でした。
「んー……。ちょっと、休憩するか」
きりが良いところまで添削が終わったのか、ことちゃんが背伸びをしながら、身体をほぐします。
「そうだね。そろそろ集中力も切れそうだったし。確か、この棟の玄関のところに自動販売機があったよね? ジュースでも買ってこようか」
白ちゃんの提案に皆が賛成なようです。
「あ、それじゃあ、私が買ってきますよ。三人にはこうやって手伝ってもらっているし……お礼にしては小さいかもしれませんが、受け取って下さい」
むしろ、友人達にただ働きをさせるわけにはいきませんからね。私は鞄から財布を取り出して立ち上がります。
「じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな。コーヒーのブラックで」
「私、林檎ジュース!」
「それなら、俺も一緒に行くよ。一人でジュースを四本も持つのは大変だろうし」
本当について来るつもりのようで、大上君はすぐに立ち上がりました。
確かにジュースを四本も持つと手が塞がってしまいますので、厚意を快く受け入れ、大上君には荷物持ちになってもらいましょう。
私は了承の意味で頷き返してから、大上君と共に教室を出てから自動販売機がある場所へと向かいました。