赤月さん、フィールドワークに参加する。
フィールドワーク当日。私は動きやすい格好に着替えてから、持って行く荷物の中身の確認をします。
筆記用具とメモ帳、カメラや財布、スマートフォン、水筒などがしっかりと鞄の中に入っていることを確認してから、本日の集合場所へと向かいました。
駅前に集合し、それから最初の目的地である城跡へと向かうと聞いています。
そして、その後はかつての城下町を巡りつつ、その地に関する歴史の話に耳を傾ける、といった内容になっているそうです。
集合時間二十分前に集合場所へと到着すると、そこにはすでに大上君がいました。
まだ、他の学生や本日のフィールドワークを担当している梶原教授はまだ来ていないようですね。
「やあ、赤月さん。おはよう」
「……おはようございます。お早いですね」
「うん。きっと、赤月さんなら、集合時間よりも更に早く来ると思っていたからね」
「……」
「そんな冷めた瞳も最高に素敵でぞくぞくするね!」
「気持ち悪いことを言わないで下さい! ……他の人の前で、変なことを言わないようにして下さいよ」
「それって、二人きりの時ならば好きなようにして構わないってことかな?」
「拡大解釈しないで下さい!」
「ふふっ、冗談だよ。……本当は俺の赤月さんへの想いを周りに知らしめてしまいたいところだけれど、君に余計な迷惑がかかったら大変だからね。フィールドワークの最中は大人しくしておくよ」
「……ぜひ、そうして下さい」
フィールドワークに出発する前から、すでに気疲れしました。
そう思っていると、こちらに向かって来る足音が聞こえてきます。
「あっ、赤月ちゃん! おはよう~!」
「わっぷ……」
元気な声で挨拶しながら、私に突然、抱き着いてきたのは桜木先輩でした。今日も女の子らしい華やかな匂いがします。
視界の端に映っている大上君はどこか羨ましそうに──いえ、悔しそうな表情で桜木先輩を見ています。
残念でしたね。大上君が抱き着いてきたら、私は問答無用でお腹を殴ります。
「うふふっ……。はぁ~。赤月ちゃん、小さくて抱き心地が最高だわ」
「おい、七緒。お前、女じゃなかったら、今頃捕まっているぞ。そうじゃなくても、相手が嫌がることをするんじゃない」
苦い表情をしながら、こちらに近づいてきた倉吉先輩はそのまま私から桜木先輩をべりっと引きはがします。
「あーん、悠ちゃんの意地悪っ~。せっかく、赤月ちゃんを堪能していたのに」
「朝っぱらから、お前は暑苦しいし見苦しいんだよ。……悪かったな、赤月。そして、おはよう。大上も来るのが早いな」
倉吉先輩はすっかり桜木先輩の扱いに慣れているようで、それ以上、私に桜木先輩が近づかないようにとしっかりと両腕で押さえています。
「お、おはようございます、桜木先輩、倉吉先輩……」
「おはようございます。今日のフィールドワークには一年生だけの参加だと聞いていたのですが、もしかして先輩方はその引率ですか?」
大上君が訊ねると倉吉先輩はすぐに頷き返しました。
「ああ。フィールドワークの移動の際にはかなり長い行列が出来るからな。後ろから、一年生が道に飛び出したり、迷子になったり、余所見をしないように見張っているのが俺達の役目だ。ちなみに、この引率はアルバイトでもあるから、大学側からの給料がちゃんと出るぞ」
にやりと悪の組織の人間のような表情で倉吉先輩は笑います。おお、先輩もそのような表情をするのですね。少しだけ意外です。
「へえ、いいですね」
「まあ、今年は俺達がアルバイトを受けているから、それ以上の人数は受け入れられないようになっているんだ。興味があるなら、来年のアルバイトの人数に入れてもらえるように俺から教授達に交渉しておくぞ」
「宜しいんですか。……興味があるので、考えておきますね」
そう言って、大上君は私の方へと視線を向けてきます。
恐らく、来年は一緒にアルバイトを受けようね、なんて考えをその視線に含めているに違いありません。
私もフィールドワークの引率のアルバイトは気になりますが、大上君と一緒だと思うと、上げようとしていた手が下がってしまいますね。