赤月さん、発表の話を受ける。
思い悩む私の姿を見て、梶原教授は低い声で小さく笑いました。
「まあ、確かに初めての発表だから、色々と悩むこともあるだろうけれど、そこは教授である私や色んな先輩を頼ってみるといい。……今回の発表、二年生からは倉吉と桜木が参加する予定だから、あの二人の発表練習を見てみたり、発表の仕方を聞いてみるといいかもしれない」
倉吉先輩と桜木先輩ならば、学内でたまに顔を合わせた際によく挨拶をする間柄です。特に桜木先輩の方は私を見かけるたびに、楽しげに話しかけてくれる優しい先輩です。
言葉巧みに誘ってくる梶原教授の言葉に、私はどうしようかと大きく悩み始めます。
「……赤月さん、一緒に発表をやってみない?」
すると、隣に立っていた大上君がにこにこと笑みを浮かべながら誘ってきました。どうやら彼はオープンキャンパスの発表に参加する気のようです。
「調べることも発表も、今後のための練習にちょうどいいと思うし。発表の練習をする時は手伝うからさ」
「……」
大上君からは一緒にやりたいという思いがびしびしと伝わってきます。
確かに私は人前に出るのが苦手で、いつも逃げてばかりです。でも、このままではいけないと自分でも思っています。
どこかで、勇気を出さなければいつまで経っても動けないままなのでしょう。
私は右手をぎゅっと握りしめてから、背の高い大上君と梶原教授を静かに見上げます。
「……初めてなので、失敗してしまうかもしれません」
「なに、初めてのことに何でも成功する人間の方が珍しいさ。失敗を重ねながら次に向けて改善していけばいいのだから」
さすが、私達の二倍近く生きている教授の言う言葉には重みがありますね。
一歩、足を踏み出す。それをこれから先、何度も経験することになるのでしょう。
それが遅いか早いかだけの違いならば──。
「……分かりました。発表の件、お受けします」
「おっ。受けてくれるか。いやぁ、助かるよ。……大上も宜しくな」
「はい。こちらこそ、ご指導のほどよろしくお願いします」
梶原教授はにっと嬉しそうに笑ってから、眼鏡を指先で上へと上げます。
「それじゃあ、今度のフィールドワークが終わった後に、発表の準備に取り掛かってもらうことになるだろうから」
「はい」
梶原教授はこの後、発表者に私達二人が決まったことを歴史学部の他の教授達に伝えに行くそうで、お話はこのくらいにして研究室から退出させていただくことにしました。
発表者が決まったことがよほど嬉しかったのか、梶原教授はかなりご機嫌そうでしたが、私は今から心臓の音が鳴り止まなくなってしまったようです。
まだ発表する準備どころかテーマさえ決まっていないのに、本当に大丈夫でしょうか。
「……赤月さん、一緒に頑張ろうね」
私が気付かれないように深呼吸をしていると、隣を歩いている大上君が穏やかにそう告げます。
「楽しみだなぁ、赤月さんの発表。そうだ、発表中に動画撮影は許可されているのか教授に確認を取っておかないと」
「動画撮影、ですか?」
どうして動画撮影なのでしょう。私はこてん、と大上君に向けて首を傾げます。
「うん。赤月さんの初めての発表を絶対的に永久保存するために動画に撮っておきたいんだ。もちろん、ビデオカメラとスマートフォンで同時撮影するつもりだよ! そして、あらゆる方法でデータを永遠に保存しては何度も見返す……ああ、楽しみだなぁ、発表!」
「教授が許可を出す前に私が却下しますっ!」
大上君のいつも通りの反応を受けて、やっぱり発表に参加するのは止めようかなとそんな考えが過ぎっていきます。
この人、いつになったら自重してくれるのでしょう。
私はつい深い溜息を吐いてしまいましたが、いつの間にか高鳴っていた心臓は穏やかさを取り戻していました。
まさか、私の緊張を抑えるために大上君が気を遣ってくれたのでしょうか。
ですが、もし、そうだったとしてもお礼を告げるのは何だか微妙な心境なのでそのまま黙っておくことにしました。