赤月さん、教授に頼まれる。
大学生活にも慣れてきて、少しずつですが講義の内容を理解出来るようになってきました。
只今、「古文書学入門」という講義を受けているのですが、こちらは歴史学部に所属している人ならば、絶対に履修しなければならない必須講義となっています。
いわゆる卒業単位というものに含まれる講義なのです。
そのため、この講義に参加している人の学年は一年生が一番多いのですが、去年単位が取れなかった学年の方も履修したりしています。
「はい、それじゃあこの前の小テストの答案を返すぞー」
そう言って、黒板がある壇上で声を上げたのは古文書学入門を担当している梶原教授です。
三十代後半くらいで、少しよれよれのジャケットを着ていて、黒縁の眼鏡をしています。
服装にはこだわりが無さそうに見えますが、学生時代はフットボールの選手だったらしく、身体は結構がっしりしています。
見た目が若いというわけではありませんが、もし他の学生と一緒に混じって講義を受けていたら中々気付けないほどに、溶け込んでしまうお姿をお持ちです。
そんな梶原教授は若いながら教授という役職に就いた人でもあり、今まで十冊近くの書籍を世に出しているそうです。
でも、学生に自分の本を読まれるのは恥ずかしいらしく、学生が教授の本を読んだと伝えるといつも顰め面をします。
また、性格がお茶目な教授として学生達からも慕われているようです。
「赤月」
「はい」
一番に名前を呼ばれた私はすぐに席から立ち上がり、梶原教授のもとへと急ぎます。
「うーん……。距離や長さの単位はしっかりと覚えているみたいだが、土地の面積の単位はまだ苦手なようだな。あとで復習しておけよ」
「は、はい……」
私は梶原先生から答案用紙を受け取り、点数を見てみます。二十問中、正解していたのは十六問でした。
今回のテストは古文書を読む上で、覚えておかなければならない「単位」のテストでした。
現代とは単位の呼び方も測り方も違うので、一から覚えなければなりません。
「うう……」
家に帰って、しっかりと復習しなおして、今度こそ満点を取ってみせます。そうやって一人で意気込んでいますと、次に名前を呼ばれたのは大上君でした。
「次、大上」
「はい」
大上君とは名前が近いので、学籍番号も隣同士です。せめて、誰か一人でもいいので、私達の間に「ア行」の人が挟まって欲しかったです。
「はい、大上。よく出来ていたぞ」
「ありがとうございます」
大上君は梶原教授に褒められてもさらりと人当たりのいい笑顔を返してから、自分の席へと戻っていきました。
ちらりと答案用紙に赤ペンで書かれた点数が見えましたが二十問中、二十問正解していたようで、赤い丸しか見えませんでした。
梶原教授は次々と答案用紙を学生達に返していますが、どうやら話を聞く限りでは満点を取っているのは大上君だけのようですね。
……少し、悔しいので次のテストはもっと頑張りたいと思います。
梶原教授がテストの答案用紙を全員に配り終えたところで、講義の時間の終わりを知らせるチャイムが教室内に鳴り響き始めました。
「それじゃあ、次の講義には実際に使われていた公文書の写しを持ってくるから、一応それぞれでくずし字辞典を用意しておくように」
梶原教授の言葉を聞きつつも、学生達は講義で使った筆箱や資料、ノートなどを片付けていきます。
私も手帳に「くずし字辞典の用意」と書き込んでから、片付けをしようとしていた時でした。
「──ああ、それと一年の中で学籍番号が一番早い二人は講義で使った資料を俺の研究室まで運ぶのを手伝ってくれないか」
「え」
学籍番号で一番早い二人。それは紛れもなく私──赤月千穂と、大上君のことです。
私が戸惑うように梶原教授へと視線を向ければ、「よろしくな」と言って彼の足元にある、資料や現物史料が詰め込まれた段ボールを指さしました。
これは決定事項のようですね。私は諦めたようにこくりと頷き返してから、荷物を詰め込んだ鞄を抱えて、梶原教授のもとへと行きました。