大上君、山峰さんに壁ドンされる。
大学に入学してから半月ほどが経った。授業にも慣れてきたし、人付き合いの仕方だってそれなりに分かって来た。
でも、赤月さんとの距離はまだ、友達以上から縮まってはいないけれど。
別に時間はたっぷりあるので、ゆっくりと彼女の外堀を固めてから、囲っていくだけだ。
それでも、上手くいかないことは多々あるようで──。
俺は今、少しだけ緊張感のある状況に陥っていた。大抵のことは器用にこなして、受け流せるけれど、今回ばかりは上手くいきそうにはないと早々と覚っていた。
どうやら、赤月さんと二人だけで、しかも「夜の町」でご飯を食べたことを彼女の友人に知られてしまったらしい。
赤月さんには二人だけの秘密だよ、と言っておいたけれど恐らく彼女の親友二人の前で真実を話してしまったのだろう。
赤月さんは嘘が吐けない性格のようなので、そのことも予想範囲内だ。本当に可愛い。
素直で嘘が吐けなくて、一生懸命に親友二人に言い訳しようとしている姿を脳裏に浮かべては──現状を思い出して思考が中断されてしまった。
「よう、大上伊織」
「やあ、山峰さん」
俺の目の前にいるのは山峰小虎──赤月さんの親友の一人だ。そして、ここは大学の校舎の裏庭。
現状況を更に正確に言えば、白い壁に向けて、山峰さんが右足を蹴り上げている。
俺が逃げられないようにと、いわゆる「壁ドン」をというものをしているのだが、こんなに命の危険が伴う壁ドンは初めてだ。
どうせならば、赤月さんに壁ドンされたかった。
「山峰さん、足が長いね」
俺がそんなことを言えば、山峰さんは明らかに嫌そうな表情をした。
凄く蔑むような瞳で見て来るけれど、俺は山峰さんのことは「赤月さんの親友」という認識だから、勘違いしないで欲しいな。
俺が赤月さん以外の女の子を口説くと思われているならば心外だ。
「なあ、大上。お前、まだ千穂のことを諦めていないのか?」
「赤月さんのことなら、絶対に諦めるつもりなんてないし、そもそも結ばれる運命とさえ思って──」
──ドゴォンッ!
わぁお、今度は俺の顔の左側すれすれに山峰さんの拳が突撃してきた。これを直で受けたならば、顔面崩壊していたかも。
「良い拳と蹴りを持っているね」
「ああ、お前の顔面と急所を狙うにはちょうどいいだろう」
低い声でそう言われると彼女が本気で俺の顔面と急所を狙って来ている気がしてならない。
彼女は武道を小さい頃から習っているらしいけれど、嗜む程度で武道を習っていた俺なんて相手にはならないだろう。
それならば、出来るだけ怒らせない方が良いに決まっている。
「……それで人気がない場所に俺を呼び出して、一体何の用かな?」
彼女には外面用の笑顔を向けても効果がないと分かっているため、いつものように素の自分で対応することにした。
素の自分は割と冷めた表情をしていると、大上家の家族には評されている。
「千穂に近づくな」
「……」
想像通りの言葉だ。
やはり、赤月さんは山峰さんやもう一人の親友、冬木君から大切にされているらしい。
「お前の千穂に対する気持ちは恋慕じゃない。執着だ」
はっきりと言い切られたその言葉に、俺は薄っすらと笑みを浮かべる。言い当てているようだけれど、少しだけ違う。
「俺はちゃんと、赤月さんに恋をしているよ。確かに普通以上の執着だけれどね」
俺がさらりとそう告げれば、山峰さんは強く舌打ちをした。よほど、俺を赤月さんから遠ざけたいらしい。
過保護というよりも、そこには別の要因があるのではと少しだけ考えてみたが、三人の情報を調べても、該当する内容は出てこなかった。
もしかすると、俺の詮索不足かもしれないけれど。