赤月さん、魔王を見る。
「ん?」
すると、岸本さんが大上君の後ろで様子を窺っていた私へと視線を向けてきました。どうやら、私の存在に今、気付いたようです。
「何だ、大上。彼女、作ったのかよ」
ふはっ、と笑ってから岸本さんは私の姿を上から下までじっくりと眺めます。そして、何かに満足したのか馬鹿にするように鼻で笑いました。
「見た目も、胸も小さいだけの女じゃん。大上、お前の女の趣味、悪すぎ」
「……っ」
もしや、私は大上君の彼女だと勘違いされているのでしょうか。
違いますよ、岸本さん! 私は大上君の彼女ではありません、と叫ぼうと思いましたがその前に岸本さんが口を開きます。
「え? 同い年? 嘘っ、大上ってば、見た目が幼女の方が好きなわけ?」
「幼女……」
その言葉はさすがに傷つきます。中学生に間違えられることはありますが、そのような言葉にされるのは初めてでした。
確かに顔は童顔ですし、身長は低いですけれども。
岸本さんへの好感度は一気に急降下していきます。今のところ、私の中では久藤先輩よりも下の順位の好感度です。
良かったですね、変態ですけれど、大上君の順位は割と上ですよ。伝えませんけれど。
「それとも、君の方が大上に遊ばれている感じ?」
大上君から視線を私の方へと移してきた岸本さんは、相手を下に見るような視線を向けてきます。少しだけ不快に感じた私は思わず、後ろへと一歩、下がってしまいました。
「確かに小さいけれど、純粋そうだもんな。そういう子、好きな奴、結構いるんだよね。俺の知り合いにも胸が小さい方が良いって妙にこだわっている奴がいるし」
「……」
今、何の話をしているのでしょうか。私の胸は確かに小さいですけれど、どうして今、胸の話なのです?
頭の中にはてなマークが出て来ているので、ちょっと岸本さんの言葉を理解するのに時間がかかりそうです。
「ほら、イケメンって三日で飽きるって言うし? もし、大上が君に飽きたら、俺と遊ばない?」
「……?」
どうしてそんなお話になっているのでしょうか。
待ってください、日本語で喋って下さい。どうして岸本さんと私が遊ぶ話が出ているのでしょう。遊ぶって、何をして遊ぶつもりなのです?
私が言葉を理解していないと覚ったようで、岸本さんは一歩、私へと近づき、そして言葉を続けます。
「つまり、大上に捨てられたら俺が拾ってあげ──」
その時でした。
かなり鈍い音がその場に静かに響いたと同時に、岸本さんの言葉は途中で途切れます。
何が起きたのかと確認してみれば、大上君が岸本さんの頭を右手でがっしりと掴んでいるではありませんか。
まるで球技用のボールでも掴んでいるみたいです。
「……それ以上、汚い言葉を彼女の耳に入れないでもらおうか」
ぼそりと呟く声色は先程、久藤先輩に対して発せられたものよりも低く、重いものでした。
この怒りの矛先が自分に向いていると分かっているならば、きっと動けなくなっていたでしょう。
ですが、大上君が怒っている相手はどうやら岸本さんのようです。……彼が岸本さんに怒る要素って、ありましたっけ?
確かに岸本さんの視線や言葉は何となく不快に感じられましたが、どちらかと言えば私に向けられていたので、大上君が怒る理由なんて──。
そこで、私は気付いてしまいました。大上君が何故、怒っているのかを。
「お前の価値観に勝手に彼女を当てはめないでくれる? 本当、汚らわしくて仕方がないよ。高校の時はもう少し、まともだったよな、岸本。人付き合いが変わって、中身も随分とお粗末になったようだね」
「がっ……。お、か……み……」
身長の高い大上君は岸本さんの頭蓋骨をがっしりと掴んでいるようで、一瞬だけ「みしっ」と音が聞こえましたが、大丈夫でしょうか。
「もう、喋らないでくれる? あと金輪際、俺達の前に現れないで。もし、偶然でも顔を合わせることになれば、岸本が過去にやらかしたこと、お前が通っている大学の掲示板に載せるなりして、全部公表するから」
「なっ……」
「ねえ、分かった? 俺の言っている意味が分かるなら、頷けるよね? ほら、二度と会わないって約束出来るよね、岸本?」
わぁ……。魔王という言葉が似合いそうな程に、大上君は悪い笑みを浮かべていらっしゃいます。
それよりも岸本さんは過去に一体、何をやらかしてしまったのでしょう。
まるで弱みを握っていると言わんばかりの発言に岸本さんはさぁっと顔を青ざめました。
「い、いや、それだけは……」
「簡単なことだよ、岸本。俺達の前に姿を見せず、関わらないこと。通っている大学だって、違うんだから、こんなにも簡単なことはないと思うよ? ──約束、出来るよね?」
それはもはや、約束というよりも脅しなのではないでしょうか。
ですが、大上君からは口出ししないでと言わんばかりの空気が出ていたので、私は口を噤むことにしました。
「わ、分かった! 分かったから! 絶対に、お前達の前に姿を見せたりしないし、関わらないから!」
叫ぶように岸本さんがそう告げれば、周囲を行き交う人から、白い視線が降り注がれます。
注目されるのは苦手ですが、ここは道の真ん中です。人目がある場所なので、これ以上の騒ぎは避けたいです。
そう思っていると、大上君は岸本さんの頭から手をそっと外しました。
「……」
早くどこかへ行け、そんな意味を含めた冷めた視線で大上君が岸本さんを睨めば、彼は青い表情をしたまま、後ろへと下がっていきます。
そして、街路樹や道沿いの看板などにぶつかりながら、彼は脱兎のごとくその場から逃げていきました。