赤月さん、大上君の元同級生と会う。
遅い夕食とも言えるハンバーガーを食べ終わった私達は帰りの電車に乗るべく、駅を目指して歩くことにしました。
「赤月さんが今、住んでいる家って、俺の家から百メートルくらいの場所なんだよね」
「……」
この人は夜に突然、何と恐ろしいこと言っているのだと私は冷たい視線を彼に返します。
「わっ、待って! 別に深い意味があるわけじゃないよ!」
「大上君、やっぱり久藤先輩と同類なのでは……」
「見境なく女の子に手を出しまくる、最低くそ野郎と一緒にしないで! 俺は! 赤月さん、一筋! 君だけがオンリーワンだから!」
一瞬だけ、大上君を一途な人だと納得しかけましたがそれはまやかしです。絆されてはいけません。
「あっ。そういえば私、最近、防犯ブザーを買ったんですよ。大上君専用に」
「防犯ブザーを常備するのはいいことだと思うけれど、どうして俺専用なの!?」
「最近の防犯ブザーは凄いですね。見た目が防犯ブザーだと分からない作りになっていますし、キーホルダーみたいで可愛いです」
「ねえ、どうして無視をするの、赤月さん!」
暗に大上君が手を出してきた際に鳴らしますよと警告しているのですが、伝わっているでしょうか。
まあ、いざとなれば私が持っている最大の防犯ブザー……ならぬ、防壁「山峰小虎」ちゃんを召喚しますけれど。
そんな話をしながら歩いている時でした。
「──大上、か?」
今、私達を通り過ぎ去っていった人から、ぼそりと声が上がりました。大上君も呼ばれたことに気付いたのか、立ち止まってから振り返ります。
私も同じように振り返ってみると、そこには同じ年頃の男の人がいました。大上君よりも少しだけ身長は低く、髪の毛は短く刈り上げられています。
「やっぱり、大上じゃん。高校を卒業した以来だな。と言っても、そんなに時間は経っていないか」
どうやら大上君の知り合いだったようです。卒業、と言っていたので高校時代の知り合いなのかもしれません。
ちらりと大上君の方に視線を向ければ、彼の瞳は停止していました。
あ、これは話しかけてきた人のことを覚えていない顔ですね。きっと今頃、誰だったのか思い出しているのでしょう。
相手の方もそれに気付いたようで、深い溜息を吐いています。
「ほら、二年の時に同じクラスにいたじゃん。席が前後で……」
「ああ、家庭科の授業の際に小麦粉をその場にばら撒いちゃって、粉塵爆発を起こしかけた岸本か」
「どういう思い出し方だよ! 確かに小麦粉を床に落としたけどさ!」
本当に忘れかけていたようですが、印象深い思い出のおかげで、どうやら岸本さんという方は名前を思い出してもらえたようですね。
「え……。それじゃあ、体育倉庫の上に乗って、陸上用のコーンを腕に装着してから鳥人間コンテストをやろうとして、校長に雷を食らっていた岸本……」
「お前の中の俺って、どういう人間の立ち位置なの?」
情報量があまりにも多すぎて、よく知りもしないのに岸本さんのイメージが色んな意味で偏りつつあります。
「大上、明華大学に受かったんだったな」
「うん」
大上君は本当に岸本さんに興味がないようで、先程までの笑顔は引っ込んだままです。
冷たくあしらっているわけではありませんが、普段の営業スマイルは表に出ていないようですね。
「お前だったら、もう少し上の大学にだって行けただろうに、何でわざわざ明華大学にしたんだ?」
そう言って、岸本さんは鼻で笑いました。
おっと、今の発言と態度は明華大学に通っている学生全員を敵に回す発言ですね。聞き捨てならないです。
「岸本には関係ないだろう。俺がこの大学に行きたかっただけなんだから」
かなり素っ気なく大上君は答えます。どうやら、大上君もあまり機嫌は良くないようですね。
それもそうでしょう、通っている大学を馬鹿にされれば、怒りだって込み上げてきます。
どんな人間が属していたとしても、誰しも目的があって、大学に来ているのでしょうし、真面目に勉強している人間に対して、失礼です。
「ふーん、そういう素っ気ないところは相変わらずのようだな。……どうせ、お前のことだから、女遊びもろくにしないで、真面目に大学生様でもやっているんだろう?」
「……」
人を見た目で判断するべきではありませんが、そういう岸本さんの方は夜の町を楽しんでいる雰囲気が内側から醸し出ていました。
もしや、未成年なのにいけないことをしてはいないでしょうね?
しかし、そのことを注意する立場ではないので、私は大上君の陰から口出しすることも出来ずに状況を見守るしかありません。
ちらり、と大上君の方を見上げてみると彼にしてはかなり珍しく、「面倒くさい」と言わんばかりの表情が浮かんでいました。
たとえ、岸本さんがかつての同級生だったとしても、決して仲が良かった関係ではなさそうですね。