表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/224

赤月さん、大上君に捕まる。

 

 すると、夕方の五時を告げる音が聞こえてきました。これは大学の時計台から響いて来る音のようです。


 思わず、窓の外へと意識と視線が移ってしまった時です。ふわり、と小さな風が通り過ぎたと思えば、目の前には大きな黒い影が出来ていました。


 ……ん? 何が起きたのでしょうか。


 どうして、先程まで机越しに立っていた大上君が私の目の前に立っているのでしょうか。この人、本当に背が高いですね。


 いえ、それどころではなく!


 この人、いま、机に乗り上げてから私の前に降り立ちましたよ! 

 これ見よがしに足が長いことをアピールしているんですね!


 いえ、そういうことではなく!


「やっぱり、赤月さんは小さくて可愛いなぁ……」


「ひぃっ……」


 いつの間にか目の前に来ていた大上君は私の左腕をすっと掴んできます。大きい手は腫れものに触るように掴んできましたが、注目するべきはそこではありません。


「ずっと、ずっと、君と話したかったのに、すぐ逃げるんだから。……でも、逃げられると追いかけたくなるのが(大上)(さが)だよ。──なんてね?」


 いま、駄洒落を言ったのでしょうか。ここは笑うべきでしょうか。


 しかし、この人、本当に美形ですね。背後の窓から射し込む夕日によって、顔が陰っているので、ドラマのワンシーンみたいに見えます。


 いえ、それどころではなく!


「うぅ……。離して下さいっ……」


 私は必死に左腕をぶんぶん振り回しますが、大上君は離してはくれません。この人、爽やかそうに見えて、実は変な人なのでしょうか。


「お、大声を出しますよっ!」


「いいよ? でも、その前に君の口を塞いじゃうかも」


「ひぃ……」


 どのような手段を使って私の口を塞ぐおつもりなのでしょう。やはり、怖い人かもしれません。

 どうするべきかと思案していますと、彼はにこりと笑った。


「俺はね、君に会いたかったんだよ」


「は、い?」


 おや、どうやら思考が少しだけまずい人だったのでしょうか。このような状況に陥ったことがないので、対処法が分かりません。


「一目、君を見た時にやっと会えたって思えたんだ。そう、例えるならば、運命……」


 あ、これはちょっとどころではなく、まずい人ですね!

 完全にアウトかもしれません!


「君を一度、見てしまえばその姿が離れなくなった。もっと、知りたいと思った。例えば、食堂で選ぶ今日のお昼のメニューは何かなとか、自動販売機で選ぶ今日のジュースは何かなとか、誰も見ていないからって野良猫に対して猫語で話しているとか、そういう何気ない姿がもっと見たい……! だから、近づきたいと思ったんだ! 君を深く知るために!」


「わーっ! わっー! 何でそんなところまで見ているんですかーっ!」


 細かいところまでよく見ていますね!?

 それよりも、猫とお話していた時には周囲には人はいなかったはずですがどこにいたんですか!?


「でも、赤月さんは俺の顔を見るたびにすぐに逃げるし」


「……だって、大上君はきらきらしているので、何だか苦手だなぁと思っていまして」


「君も割とはっきり言うね。そういうところ好き!」


「ひぃっ」


 ぐいっと大上君が近づいて来たので、私は思わず足を一歩だけ後ろに下げてしまいます。


「ち、近づかないでください……。怖いです……」


「俺のこと、怖いの?」


「怖いです。だって、あまり大上君のこと、どんな人間なのか知りませんし……」


 知らない人間に迫られるほど、怖いことは無いです。それを認識して欲しいのですが、果たして大上君は理解してくれるでしょうか。


「……そっか、赤月さんは俺のことが怖かったんだ」


 おや、と思った時には大上君がしょんぼりとした表情になっていました。どうやら私が大上君の行動が怖いと思ったことを理解して下さったようです。


 少しだけ、気を許そうかと思ったその瞬間、大上君の左腕が私の右肩を掴んできました。


「……でも、逃がしてあげない」


「へっ?」


 爽やかな笑みを浮かべながらそう告げた大上君の顔がぐいっと近づいてきました。


「赤月さん」


「ひゃっ……」


「俺はね……」


 お互いの顔が三十センチまで近づき、そこでぴたりと止まります。

 そして、今まで見た中で一番、喜びに満ちているような表情したのです。


 まるで、好きな食べ物を目の前にした、子どものような──。

 もしくは長年、狙っていたものを初めて手に取ったような──。



「俺は、君を食べたいんだ」



 大上君は爽やかに笑って、そう言ったのです。

  

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ