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赤月さん、大上君にお礼を告げる。

 

 人をある意味、食い物にする人間に出会ってしまったことに対して、未知なる恐怖が静かに湧き上がってきます。


「……大上君」


「ん? 何かな」


「……助けて頂き、ありがとうございます」


 私は自分の身体を守るように腕で抱きしめながら、大上君にお礼を言いました。


 すると彼は目を瞬かせてから、ふにゃり、と笑います。そこには営業用の笑顔はなく、彼が私の前だけで見せる柔らかくて無防備な笑みが浮かべられていました。


 いつもの笑顔とも言うべき表情に、安堵してしまったのは何故でしょうか。


「ううん。俺も早く駆け付けたかったんだけれど、遅くなってごめんね。間に合って良かったよ」


「……大上君は久藤先輩がその……私を狙っていると気付いていたのですか?」


「うん」


 行こうか、と言って大上君は歩き始めます。私の腕を握ったまま、ですが歩調を合わせるようにゆっくりと。


「何というか、久藤先輩は初心(うぶ)だったり、純粋な子を弄ぶのが好きみたいで。そういう子を自分色に染めたい性癖を持っていると噂で聞いてね。そして、最後は捨てるようにして、別の女の子に乗り換えるらしい」


「ひぇ……」


 しかし、大上君も似たようなことを言っていた気がしますが、久藤先輩と同類なのでは、とは訊ねませんでした。今日は助けていただいたので。


 うーん、もしかすると私は気付かないうちに大上君のことを頼もしいと思ってしまったのでしょうか。自覚はありませんが。


「赤月さんの隣には桜木先輩が座っていたから、大丈夫かなと思っていたんだけれど……。久藤先輩が君に視線を向けていたのは気付いていたから、何か起きる前に接触させることは避けたかったんだ」


 そう言って、大上君は言い淀みます。

 別に私は助けて欲しいと最初から頼んでいたわけではないのに、大上君はどこか責任を感じているような表情で少しだけ俯きました。


「……大上君、女性にモテモテでしたもんね」


「うぐっ……。……それは言わないで。俺も好きで相手しているわけじゃないから。まあ、赤月さん以外の人間に対して八方美人なのは認めるけれど」


 苦々しい表情をする大上君に私は溜息を吐きながら言葉を続けました。


「あら、冷たいんですね。……あんなに綺麗な方に囲まれていたというのに」


「だって、一番好きな人に相手にされなきゃ意味がないだろう? それに君が大変な時に微塵も興味はない女の子の相手をしている暇なんてないよ」


「……」


 さらりと告げられる言葉に私はぐっと言葉に詰まってしまいました。


 好きだと、何度も言われても私の心の中では彼に対する気持ちをどのように持てばいいのか分かりません。


 ですが、大上君は私が彼に対して抱いているものを無理矢理に開こうとはしてこないので、そのことだけは安堵していました。


「……あ、そう言えば先程の飲み会代を立て替えて頂き、ありがとうございました」


 思い出した私が鞄に入れていた財布から二千円を取り出そうとすると大上君はそれを止めてしまいます。


「むっ……」


「俺が奢るのは、駄目?」


「いけませんっ!」


「うーん……。それならば、二千円分だけ赤月さんにご馳走してもらうのはどうかな」


 大上君は右手の人差し指をぴんっと立ててから、名案だと言わんばかりに告げます。


「……どういうことですか?」


「つまり、二千円分だけ赤月さんからご飯を奢ってもらうってこと。それならば貸し借り無しになるでしょう?」


「……それって、単純に私と一緒にご飯を食べたい、なんて意味が含まれてはいませんよね?」


「ん~?」


 大上君は曖昧に返事をしつつ、視線を逸らします。どうやら、こっそりと彼に有利となる企みが含められていたようですね。


「……別に、ご飯を一緒に食べるくらいならいいですよ」


「本当!?」


 凄い勢いで振り返りましたね。よほど、私と一緒にご飯を食べたかったのでしょうか。……少し、むずむずします。


「それなら、飲み会と二次会の場所から離れたお店に入ろうか。赤月さんも今日はずっとサラダしか食べていなかったから、お腹が空いているだろう?」


「……本当にあなたはよく見ていますね」


「うん、赤月さんの仕草を一秒たりとも逃したくはないからね」


「……」


 爽やかな笑顔で告げられる言葉を私はあえて無視します。一々、話につっこみを入れてはこちらが疲れてしまうので。

 

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