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赤月さん、飲み会から学ぶ。

 

「おや、それは残念だな。せっかく、これからもっと楽しくお喋りしようと思っていたのに」


 久藤先輩はピッチャーを持っていた手を離してから、どこか愉快そうな笑顔をこちらへ向けてきます。


「赤月ちゃん、ごめんね? 調子が良くないこと、気付いてあげられなくて」


「い、いえ……。わ、私もあまり体調が良くないのに、無理に飲み会に参加させてもらって、すみません……」


 私は何とか自分の足で真っすぐに立ってから、ぺこりと頭を下げます。


「それでは久藤先輩、お先に失礼しますね。先輩もどうか他の方と飲み会を楽しんで下さい。──倉吉先輩、今日の飲み会代、一人おいくらですか」


 大上君は私の腕を強く引きながら、その場を立ち去ろうとします。

 まるで、私を久藤先輩から遠ざけたいとも思える行動のように感じられたのですが、一体どうしたのでしょうか。


「ん? 大上と赤月、もう帰るのか?」


 それまで唸るように水を飲んでいる桜木先輩に寄り添っていた倉吉先輩が、意外だなという表情を浮かべて訊ねてきます。


 倉吉先輩は今回の飲み会の幹事をしているので、皆からお代を徴収する係も兼ねているようです。


「上級生は三千円だが、新入生は二千円だ。なんだ、赤月も調子が良くなかったのか? もしや、うちの七緒に酒を飲まされてはいないだろうな?」


「い、いえ……。私はずっとジュースか烏龍茶しか飲んでいなかったので。……でも、飲み会は初めてだったので、少しだけ人の熱気に酔ってしまったのかもしれません」


「それなら良いんだが……。まあ、安静にしろよ? とりあえず、帰り道は気を付けて、帰るんだぞ」


 私と倉吉先輩が話しているうちに大上君はズボンのポケットに入れていた財布を取り出して、倉吉先輩へと四千円、渡します。


「えっ!? ちょ、大上君っ……」


 どうして私の分の飲み会代まで払うのかと目で問いかければ、彼は少しだけ苦い表情をして、倉吉先輩だけでなく他の人にも聞こえない声量で私に言葉を告げました。


「とりあえず、今はこの場から立ち去ろう」


 どうしても早く飲み会の場から去りたいようです。


「……あとで絶対にお返しするので、受け取って下さいね」


 私が返事を返せば、大上君はにこりと笑ってから、動くことを促すように背中を押してきます。


「それではお先に失礼します」


「おう、二人とも気を付けて帰れよー」


 倉吉先輩の返事に周囲の同級生や先輩方も大上君へと視線を向けてきます。


「ええー? 大上君、帰っちゃうの?」


「二次会おいでよ~」


 主に女性からの声がかかっている大上君ですが、私の姿が他の方に見えないようにと飲み会が行われている部屋の外へと通じる廊下へ押し込んでくれました。


 確かに大上君の隣に私がいれば色んな意味で目立ってしまうので、その配慮はとてもありがたいです。


「お先に失礼することになり、すみません。どうか、俺の分も二次会を楽しんで来てくださいね」


 大上君はきらきらと効果音が付きそうな程に眩しい笑顔で返事をします。その笑顔に()てられたのか、女性の方々はすっかり黙ってしまわれました。


 恐ろしい、大上君スマイル。ただし、営業用でしょうが。


 大上君は惜しまれつつも、そそくさと飲み会が行われている座敷の戸をぱたんと閉じてから、再び私の腕を掴んできました。


「わっ……」


 よほど、急いでいるのか大上君の表情には余裕が見られません。


 いつもと違うように思えて、首を傾げるしかありませんが、ここは彼の言う通りにお店から出るしかないでしょう。


 そうして、引っ張られるようにお店を出てから、暫く歩いた後、大上君は急に立ち止まってから、かなり深い息を吐きました。


「あっぶなかったぁ……」


「……?」


 何が危なかったのでしょうか。


 腕が繋がれたままの私は覗き込むように大上君の顔を見上げます。彼は危機が去ったと言わんばかりの表情で何度も息を吐いていました。


「大上君、どうして飲み会から私を連れ出したのですか?」


「……君が危なかったからだよ、赤月さん」


「えっ、私がですか?」


 身に覚えなどないので、小さく首を傾げると大上君は今、自分達が歩いてきた方へと警戒するように視線を向けつつ、話し始めました。


「……実はね。さっきの久藤先輩という人は、裏では新入生キラーで有名な人なんだ」


「何ですか、新入生キラーって」


「……簡単に言えば、お酒に飲み慣れていない子や新入生の子にわざとお酒を飲ませて、酔わせるんだ。そして、その後、酔った子をお持ち帰りしているらしい」


「……」


 お持ち帰り、という言葉ならば何となく意味は分かります。あれですよね、食べられるということですよね。


「赤月さんのグラスに久藤先輩が烏龍茶を注ごうとしていたけれど、あれは先輩がよくやるやり口で、ジュースやお茶に強めのお酒をこっそりと仕込んでから注ぎまくるらしいよ」


「……」


 つまり、大上君が止めに入っていなければ、私は何も疑うことなく久藤先輩に注がれた烏龍茶──いえ、烏龍ハイを飲んでいたということでしょう。


 そう考えると、背筋に冷たいものが通り過ぎ去っていきました。

 人間、怖いです。

 


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