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赤月さん、先輩に声をかけられる。

 

 すると、それまで桜木先輩が座っていた席に誰かが座ってきました。


 まさか、女の子達に囲まれていた大上君があの花の壁を潜り抜けて隣に座ってきたのでは、と疑いつつ振り返るとそこには──見知らぬ方がいました。


 右手にピッチャー、左手にグラスを持っています。注ぎ回っている方でしょうか。


「やあ、赤月ちゃん。こんばんは」


「……こ、こんばんは」


 薄い金色に髪を染めており、爽やかな笑顔を浮かべた年上の男性の方がいました。

 初めて言葉を交わす方です。どうして、私の名前を知っているのでしょう。


「俺の名前、知ってる?」


「も、申し訳ありません……。まだ、色んな方の名前と顔を覚えていなくて」


 私が視線を逸らしつつ、返事をすると名前を知らない先輩は楽しそうに苦笑します。


「そっか、知らないか。俺は三年生の久藤(くどう)静樹(しずき)。宜しくね、赤月ちゃん」


「は、はぁ……。宜しくお願いします」


 久藤先輩は持っていたグラスを傾けながら、楽しそうな表情で話の続きを始めます。そもそも、どうしてこの人は私に声をかけたのでしょう。


「そんなに怯えなくても、取って食おうなんて思っていないよ」


「……」


 ここ最近、私のことを取って食おうとする人がいたので、油断はなりません。

 男は狼、これは私の中で何度も確認すべき言葉です。


「ほら、新入生の子ってまだ飲み会に慣れていないから、いつの間にか一人になりがちだろう? そういう子には積極的に声をかけるようにしているんだよね。でないと、せっかく飲み会に参加しているのに、寂しいだろう?」


「そ、それは……気にかけて頂き、ありがとうございます」


 一応、お礼は言いますが、それならば一人で黙々とサラダを食べながら周囲の方の話に耳を傾ける方が気は楽です。


 本当は色んな人に声をかけたいのですが人見知りが激しいので、まずは場に慣れてから、同じ学年の人に声をかけられればいいな、と思っていました。


 ですが、現状況のように一対一で、しかも見知らぬ男性と会話をするとなると途端に緊張してしまう性質(たち)なのです。


「赤月ちゃんは何で歴史学部に入ったの?」


「え? えっと、古文書を専門にしている梶原(かじわら)教授の授業を受けたくて……」


「ええっ、古文書に興味があるの? あの、みみずみたいな文字を読みたいの? 変わっているねぇ」


「は、はぁ……」


 そういえば、誰かにもこんな話をした覚えがあります。


 誰だったかは思い出せませんが、私がこの大学を受験する理由をその人に話したら、くずし字を知っている方だったので、つい仲間意識が芽生えて嬉しく思ってしまいましたね。


 そんなことを思っていると、久藤先輩はグラスに入っている飲み物をぐびっと飲み干しました。

 ですがその時、一瞬だけ、久藤先輩の瞳が光ったように見えたのは気のせいでしょうか。


「ねぇ、赤月ちゃん」


「はい?」


「君が真面目で勤勉なのは良い事だと思うけれど、せっかく大学生になったんだから、もっと楽しいことをしなくちゃ」


「楽しい事、ですか?」


「そう、大学生だからこそ出来る楽しい事だよ」


 そう言って、久藤先輩は右手に持っていた烏龍茶が入ったピッチャーを斜めにしながら、ご自身が持っていた空のグラスに注ぎ始めました。


「もちろん、勉強することは大事だ。でも、大学は勉強するところでもあるけれど、未知を知るための場所でもあるんだ。君の知らない世界がたくさんあることを知らなくちゃ」


「未知……」


「そうだよ。……だから、俺が君の知らないことを優しく教えてあげようか?」


 にこりと笑ってから久藤先輩が、私が飲み物を飲んでいた空のグラスへとそのピッチャーを傾けようとした時です。


 ──ぱしっ。


 と乾いた音がしたと同時に、動いていたはずの久藤先輩の腕が止まっています。いえ、正確には止められたと言った方が正しいかもしれません。


「……久藤先輩ったら、間違えて烏龍ハイを未成年に注ごうとするなんて、随分とお茶目ですね」


 頭上からは少しだけ息が上がったような声が降ってきます。


 訊ねなくても分かる声の主は大上君で、そして彼はピッチャーを持つ久藤先輩の腕を掴んでいました。


「やぁ、女の子に大人気の大上君じゃないか。彼女達の相手はいいのかい?」


「相手だなんて、そんな。先輩方に失礼ですよ」


 どこか妬みのような含みがある言葉が久藤先輩から零れますが、大上君は爽やかな笑顔で返しつつ、私のグラスをピッチャーが届かない位置へと引きました。


「細い身体だと思っていたけれど、意外と力があるんだな」


「ええ、これでも鍛えていますので」


 まるで狼と蛇が睨み合っているような状態です。大上君は久藤先輩の腕をぱっと離してから、私の方へと回ってきます。

 そして、私の腕と鞄と掴むと無理矢理に立ち上がらせました。


「先輩には申し訳ないですが……。実は飲み会に来る前に赤月さんが、あまり調子が良くないと言っていたので、今日は遅くなる前に帰してあげたいと思います」


 えっ、私はそのようなことは一切、言っていませんけれど。


 どういうことかと意味を込めた視線を大上君へと向ければ、彼は最上の笑顔で「黙っていてね」と告げてきます。

 これは大上君の言う通りにしておいた方が良さそうですね。

 

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