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大上君、相談する。

  

 今、俺の前には最大の壁というべき二人がいた。


「へぇ、奢ってくれるの?」


「大上! この期間限定のタルトってやつ、頼んでもいいか!?」


 最愛にして最高な俺の恋人、赤月さんの幼馴染である真白と山峰さんに話があって、今は大学内にあるカフェの目立たない場所に三人で座っている。


 大学祭の日が近付く中、その準備や練習で忙しいのはどこも一緒だ。

 けれど、この話だけは二人にしておかなければならないと思って、赤月さんには内緒で講義が終わった後に連絡して集まってもらったのだ。


 現在、赤月さんは図書館でアルバイト中だ。彼女のアルバイトが終わり次第、四人で帰る予定である。


「山峰さん、どんなものでも頼んでいいけれど、一人につき千円以内でお願い」


 そう答えれば、山峰さんは瞳をきらんと光らせる。本当は懐柔──いや、相談に乗ってもらうために色々と奢りたいところだけれど、このあと物入りな予定があるのだ。


「任せろ。……それじゃあ、期間限定タルトとミニパフェとフライドポテトの中盛りで!」


「すご……。合計でぴったり千円だ……」


「僕はコーヒーだけでいいかな。この後、夕飯があるし」


 しばらくしてから、各々のもとに注文したものが届く。俺と真白はコーヒーだけだ。

 一方で、山峰さんの前には「この後、夕飯を食べるって、本当?」とついつい疑ってしまう程のデザート達が並べられていた。きっと、難なく食べてしまうんだろうな……。


 真白はコーヒーを一口飲んだ後、「それで」と言葉を続ける。


「──千穂を抜いて、僕達二人だけにしたい話って、何かな?」


 すぅっと、冷たい風が吹き抜けていったけれど、今はまだ秋のはずだ。俺は気付かれないように深呼吸をしてから、話を切り出した。


「大学祭が近付いてきたね」


「そうだね」


「……つまり、来るんだよ」


「何が?」


 真白は分かっていて、あえて聞いてくれる。山峰さんはすでに意識の半分がデザートに持っていかれているけれど。


「大学祭の最終日、それはつまり──赤月さんの誕生日っ!!!」


 二日間行われる大学祭の最終日がなんと赤月さんの誕生日と被っているのだ。

 大学祭は毎年、十月の後半の土日に行われるから、月曜と火曜は振り替え休日となるらしい。


「二人は赤月さんへの誕生日プレゼント、決めた?」


「おうとも! 保温性が高いマグカップにした! 可愛いスプーン付きだから、スープも味わえるぞ!」


「僕は薄手のショールにしたよ。そろそろ肌寒くなってくるからね」


「なるほど……。実用性があるものにしたんだね」


 ふむふむ、と頷きつつも二人とプレゼントが被っていないことに安堵する。


「実はさ、俺が全力で考えた、赤月さんへの贈り物について二人に相談したいんだ」


 ついつい興奮がちに話してしまう俺を真白は若干、冷めた目で見てくる。

 無言なのは、「とりあえず話は聞いてあげるよ」という彼なりの返事なのだろう。


「赤月さんにはぜひ、心に一生残る思い出を贈りたいと思っていて」


「大上がやらかす予定なら、心に一生残るというか、一生引きずりそうだよな」


「こらこら、本音を言っちゃ駄目だよ。伊織は一応、千穂のためを思って、考えているんだから」


 ぱくぱくとミニパフェを食べながら呟く山峰さんにだけ聞こえるように真白はそう言っていたけれど、ちゃんと聞こえているからな。


「いくつか、案があるんだ。まず一つ目。綺麗な夜景が見られるホテルのレストランを予約して……」


「却下」


 すかさず、真白から反対の声が上がる。


「そんなの、千穂が委縮するに決まっているだろ!」


「思い出に残そうと、形にこだわり過ぎるのは悪手だよ」


「そもそも、無理に背伸びしてもてなしても、千穂は喜ばないと思うぞ。むしろ、お前の財布の心配をすると思う。すぐ気を遣うからな、千穂は」


「そうなったら、純粋に食事なんて楽しめないだろうねぇ」


「うっっ」


 良い思い出を作りたいのは確かだが、赤月さんがどう感じるか、ということを考えていなかったかもしれない。

 残念だが、この案は却下だろう。


「それなら……。美味しいケーキを売っているお店で、特大バースデーケーキを作ってもらって……」


「却下だね」


「そんなぁ~!」


「一体、何人で食べるつもりなの? ケーキの消費期限、ちゃんと考えてる? 結婚式で振舞われるものじゃあるまいし、食べきれないと思うよ」


「千穂、食べ物は残さず食べたい派だもんな。ちなみに千穂は苺のショートケーキが好きだぞ」


 普段ならば、自分の顔よりも大きいケーキを見かけることはないし、印象に残りやすいと思ったが、この案も駄目らしい。

 やはり、インパクトばかり気にしてもいけないということだろうか。


「じゃあ、赤月さんへの愛を綴った歌を弾き語りしながら……」


「却下ぁっ!」


「顔が良いからって、何をしても許されると思わないことだね。……人見知りな千穂は彼女なりに、人前に出られるように努力しているけれど、大勢の前で注目を浴びる状況は苦手だと知っているはずだよ。それなのに、たくさんの人間の前で愛を語られるようなことをしてごらんよ。気絶するに決まっている」


「というか、大上ってピアノも弾けるのかよ……。何でもありだな……」


 口の中が甘さでいっぱいになったのか、山峰さんはフライドポテトにたっぷりケチャップをつけて食べ始めた。


「うーん……。……あっ! これはどうかな? 部屋いっぱいに飾れる赤い薔薇を贈る……」


「却下に決まっているだろ。綺麗な花だって、いつかは枯れるんだよ? 片付けるのが大変でしょ」


「薔薇を山ほど、配達しなきゃいけない配達員さんの気持ちを考えてみろ! 私だったら、絶対に相手を恨むね!」


「それに千穂は華やかな花よりも、小さくて可憐な花の方が好みだよ」


「ぐぬぬぬ……」


 愛を伝えるには薔薇が一番だと思っていたけれど、確かに赤月さんの好きな花は淡い色だったり、小ぶりな花が多かった。

 この案もやはり、却下だろう。


「それじゃあ、とっておきの案だ! お互いの名前が刻まれたペアリング!」


 これでどうだと言わんばかりに胸を張って言えば、真白と山峰さんは苦いものを大量に摂取したような表情を浮かべた。


「うわ……」


「そうきたか……」


 完全に引いている顔である。たまに赤月さんもこういった顔をしている時があるけれど、それと同じ表情だ。


「伊織。……確かに、学生でもお揃いの指輪をつけることはあると思う。何なら、学生向けのカップルリングとかもあるからね」


「だよね!」


「けれどね、君が買おうとしている指輪って多分、そういうものじゃないでしょ」


 びしっと、指摘された俺は真白から視線をゆっくりと逸らす。


「そっ、んなこと、ない、よー……?」


「はは、まさか、宝石がついた指輪を贈ろうと考えているとか?」


 山峰さん、正解です。


「それって一般的に婚約指輪って言うんじゃないかなぁ?」


 にこりと笑う真白の間延びした声に、何故か背中がぞくりとしてしまう。もはや人体の不思議である。


「誕生日を祝うついでに婚約して欲しい、なんて言わないよねぇ? 甲斐性がない学生の身で、婚約を迫ろうと考えているなら、僕達は千穂の幼馴染として、許さないよ?」


「そっ、そそそんんな、ことはぁぁぁないよぉっ!? 婚約指輪は、婚約指輪として一緒に選びに行く予定だもん!」


「ふぅん、じゃあつまり、そのペアリングは周囲に自分達の関係を知らしめるためのものって、こと?」


「ぐっ……。そ、そうだね……」


「それって虫除けじゃん」


 山峰さんが、うわぁと口を開けて、げんなりした表情を浮かべている。


「恋人同士でペアリングをつけたいって気持ちはまぁ、分かるよ。お揃いのものを身に付けたいってことだし」


 うんうん、と山峰さんは頷きつつも、タルトを食べるために使っていたフォークの先をびしっと俺に向けてくる。


「でもな、それを押し付けるのは身勝手だと思うぞ。というか、学生なのにお高い指輪を贈られたら、すっごく重い。それと使いにくい。千穂も普段から身に着けることなく、大事に保管するだけだと思うぞ?」


「ぐはっ……! 山峰さんの率直な意見が、心をストレートに抉ってくる……」


「それに、考えてみろよ。高価なものを贈り続けられたら、自分は金目のものがないと引き留められない人間だと思われている、ってことじゃんか」


 山峰さん、今日は言葉の刃がキレッキレだ。そして、その隣で全て同意だと言わんばかりに真白が頷いている。


「そういうことが原因で、自分と価値観が合わない奴との付き合い方を考え直そうかなと思うかもしれないし」


「……妙にリアルだし、正論すぎて、なんと返せばいいのか分からない……。……でもっ、赤月さんへ俺の深い、深い愛を贈りたいんだっ……!」


 すると、山峰さんはふうぅぅっとかなり深く息を吐く。それから至極真面目な表情を浮かべ、彼女は言葉を続けた。


「いいか、大上。愛っていうのは、返し合うから育つんだ。一方的だと、対等な関係を築けなくなってしまうぞ。ちゃんと、想い合うから愛なんだ。……だからこそ、贈るものは相手を心から思い遣ったものじゃないと、意味がない」


「……っ!」


「私と真白が千穂へと贈るプレゼントを思い出してみろ。どっちも、千穂がちゃんと楽しそうに使ってくれることを想像して、用意したものだ。……飲み物を美味しく飲めるように、身体を冷やさないように。プレゼントって、贈りたいから贈るんじゃなくって、使い手に向けた心遣いが大事なんだと私は思うぞ」


 まるで「がんっ!」と後ろから頭を殴られたようだった。

 けれど、山峰さんから諭すように発せられたその言葉は、俺の胸にすっと入ってきた。


「そうだね、小虎の言う通りだよ。……で、小虎。さっきの『返し合うから~』って言葉、どこで覚えたの?」


「千穂から借りた小説で、探偵が激重感情を恋人に向けている犯人に言い放った言葉だぞ! すっごく読みやすくて面白かったから、真白も千穂に借りるといい」


 えっへん、と山峰さんは胸を張る。


「……さて、伊織。僕達に相談した結果、全ての案が却下になったわけだけれど……。今、どんな気持ち?」


「それさぁっ、今、俺にかける言葉じゃないよね!?」


 真白は愉快げにくすくすと笑い返してくる。

 本当に、良い性格をしているな……。


 俺はこほんっ、と小さく咳払いしてから自分の考えを口にした。


「……でもまぁ、二人に相談したことで最初よりも冷静になった、と思う。……俺は多分、この愛を目に見えた形に残して捧げたい、ってことに囚われ過ぎていたのかも」


「お前の愛、重いから程々にしておかないと千穂が潰れるぞー」


 全てのデザートを食べきった山峰さんは口元を紙ナプキンで拭いている。

 そして、追加で注文したいのか、メニュー表をちらちら見ているけれど、千円までだよ。それ以上は、駄目だからね。


「それで? 何を贈るか、決められそう?」


 真白の問いかけに俺は「うーん……」と唸った。


「決められそう、だけど……でも、二人にもう一つ相談したいことがある」


「ん?」


「赤月さんが誕生日の日、二人で過ごす時間が欲しい」


 俺が真面目な表情でそう言うと、山峰さんは目を大きく見開き、真白は肩を竦めていた。


「二人のことだから毎年、赤月さんの誕生日会をやっていたと思う。でも、その時間を今年は俺に貰えないかな」


「……」


 目の前に座っている二人は俺をじっと見た後、お互いに目を合わせて、それから同時に溜息を吐いた。


「そうくると思ったよ」


「え」


「どうせ大上のことだから、誰にも邪魔されずに千穂と二人きりで過ごしたい~! って思ってんだろ」


「うっ」


 どうやら二人にはお見通しだったようだ。


「……まぁ、僕達もそろそろ幼馴染離れしなくちゃいけないな、とは思うよ。可愛い幼馴染には旅をさせよとも言うし」


「初めて聞いたよ、そんな言葉」


「けど、相手が大上だもんなぁ。不安しかない……」


「山峰さん、俺にずっと当たり強くない!? 俺だってたまには傷付くよ!?」


 俺の訴えを山峰さんは華麗にスルーした。


「でも、僕達も千穂の誕生日をお祝いしたいからなぁ」


「誕生日会を開くなら、一緒に祝いたいよな。まとめてプレゼントを渡した方が、受け取る千穂も楽だと思うし」


 幼馴染二人はどうしようかと悩んでいる。


「じゃ、じゃあさっ! 俺の部屋で赤月さんの誕生日会を開くのはどうかなっ!?」


「大学祭が終わった後に?」


「そう! ……それで、出来たら、誕生日会の後に二人きりにしてもらえれば……」


「……もしかして、だけれど」


 真白はすっと目を細める。


「そのまま、千穂を部屋に泊めようって考えているのかな?」


 彼の指摘に、ぎくっとした俺はつい肩を揺らしてしまう。どうして、いつも勘が鋭いのかな、真白は。


「……だ、駄目?」


「……」


「……」


 どのくらい、時間が経っただろうか。やがて、真白は「はぁぁぁ……」と深めの溜息を吐いた。


「本当は嫌だけど、すっごぉぉく、すごぉぉぉく、嫌だけれど」


「二回も嫌って言う必要あった?」


「でも、いくら幼馴染だからといって、干渉しすぎは良くないと分かっているからね……。……その件は千穂本人に許可を貰うように」


 絞り出すように真白がそう言った後、山峰さんが苦い表情を浮かべ、言葉を付け足した。


「ただしっ、千穂を泣かせないこと!! 嫌がることはしないこと!! それが私達(保護者)の条件だ!!」


 どうやら、これが真白と山峰さん(幼馴染達)の最大の譲歩らしい。俺も二人に出会った頃よりも信用を得られている、ということだろうか。


 最初、二人のことは赤月さんの幼馴染、という認識しかなかったけれど、今では気の置けない友人だ。

 大学生になるまで自分が素でいられて、気楽に話せる友人はほとんどいなかったので、貴重な友人というべきかもしれない。


「……ありがとう、二人とも」


 俺は二人に向けて、頭を下げた。

 すると、山峰さんがふんっ、と鼻を鳴らす。


「まぁ、千穂に断られた時は手を叩いて笑ってやるから、安心しろよ!」


「そこは慰めてくれるんじゃなくて!?」


 ぎゃあぎゃあと言い合う俺達を真白は呆れたように眺めつつも、コーヒーを飲み干し、鞄を持って立ち上がった。


「さて、そろそろ千穂のアルバイトが終わる時間だし、迎えに行こうか」


「そうだな。それじゃあ、大上! 会計、よろしくな!」


「わっ、ちょっ、ちょっと待ってよ、二人とも! 俺も赤月さんの迎え、一緒に行くから!」


 俺も慌てて立ち上がる。

 先に行くように見せかけて、何だかんだ言いつつもカフェの入り口で待ってくれている二人は優しいのだろう。


 俺はちょっとだけ緩みそうになる口元を堪えつつも、この件を赤月さんに何と言って誘おうか悩んでいた。

    

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