赤月さん、参加する。
結局、歴史学部生がよく講義を受けている「史文館」という建物を大学祭期間中に貸切ることになったようです。
この史文館は歴史学部の教授達が研究室を置いている場所でもあるので、ちょうど借りやすかったのでしょう。
「ふむ、全体的なテーマは『妖怪・怪談』、か」
来栖さんは納得するように頷いています。
匿名希望者の意見が採用され、妖怪と怪談をテーマにした模擬店や催し物、展示などを行うことになりました。
もちろん、参加するかどうかは学生側の自由です。ですが、見たところほとんどの学生が参加するみたいですね。
「世間では妖怪ブームがきているらしいぞ。アニメや漫画もその手のものが人気だし」
付け加えるように奥村君が言いました。どうやら、奥村君はその手の話に詳しいようですね。
「へぇ……。それじゃあ、歴史学部も本領発揮しやすいテーマってわけだ。うーん……参加は自由だけれど、やっぱり模擬店とかは遠慮したいなぁ……」
「そうですね。私も接客関係は苦手なので……」
大上君に同意するように私も頷きます。
黒板の方に視線を向ければ、模擬店や催し物を運営するにあたっての責任者の名前が書かれていました。
運営予定の模擬店や催し物についても、白いチョークで綴られていますね。
「ええっと、『妖怪カフェ』と『本格お化け屋敷』……。……『妖怪フリーマーケット』?」
「ああ、アートフリーマーケットのことだろうな」
私の疑問に答えてくれたのは来栖さんでした。
「自分で作った作品──つまり、日用雑貨やアクセサリーを販売するってことだ。多分、素人だけじゃなくて、実際に活動している作家の方も呼ぶんだろうな」
「詳しいですね」
「行ったことはないが、その手のフリーマーケットが数ヵ月ごとに開催されているのは知っているんだ」
なるほど、と私は頷き返しました。
そして、黒板へと視線を戻した私はとある催し物に目を留めました。
「『古今東西怪談会』……?」
ちょっと気になりますね。
この催し物の責任者は誰だろうかと確認してみれば、そこには二年生の桜木先輩の名前が書かれていました。
「よくぞ、見つけてくれました! そうです、私が発案者です!」
ぽんっと私の肩を叩いたのは、桜木先輩でした。その後ろから、ひょっこりと顔を出したのは倉吉先輩です。
「すまんな。七緒が発案した催し物について話しているのが聞こえたからつい、声をかけちまったんだ」
やはり、桜木先輩のブレーキ役はいつだって倉吉先輩のようですね。
「桜木先輩。その、『古今東西怪談会』ってどんな催し物なんですか?」
大上君の質問に対し、桜木先輩は胸を張って、高らかに答えます。
「その名の通り、日本各地で古来より現在まで語られてきた怪談を集め、語り尽くす催しよ!」
桜木先輩が計画しているのは一人、十五分程の持ち時間で怪談をお客の前で語り、披露するというものでした。
お化け屋敷とは違って、お客は席に座って怪談を聞くスタイルを予定しているとのことです。
主に入場料と、怪談を聞く際に提供するお菓子や飲み物によって利益を得るつもりだと説明してくれました。
ですが、あくまでも収益は二の次で、お客だけでなく運営する学生側にも純粋に怪談を楽しんで貰いたいと桜木先輩は熱く語ります。
「七緒の卒論のテーマが『日本各地の怪談の類似点による比較』だからなぁ。この手の催しには気合が入るんだ」
フォローするように倉吉先輩が言いました。
「それで、どうかな!? 模擬店やお化け屋敷に比べると地味かもしれないけれど、大学祭を自由に回れるくらいに時間は取れるし、準備もそんなに大変じゃないと思うの」
怪談会をするにあたって、暗幕カーテンがある教室の一つを貸し切り、雰囲気を出すための飾りつけを行うとのことです。
「……面白そうですね」
最初に返事をしたのは意外にも奥村君でした。
「おおっ、奥村君、興味ある?」
「ええ、まぁ。……俺は日本の城が好きなんですが、それにまつわる怪談だったらいくつか知っているので……協力できるかな、と」
そういえば、奥村君は地元にある有名なお城を見て育ったことで、日本各地のお城に興味があるから、それを卒論の研究テーマにしたいと言っていましたね。
「ふむ……。この怪談会では昔ながらの怪談だけでなく、現代の怪談も取り扱えるのでしょうか。たとえば、よく聞く都市伝説の類や『人から聞いた怖い話』と言った、怪談なども」
「おや、来栖ちゃんも興味ある? うん、うんっ。怪談と言っても幅広いからね! むしろ、私達にとっては現代の怪談の方が身近だもの。そっちの方が万人受けしやすいと思うわ」
「では、私も怪談会に参加します」
「やったぁ~! ありがとう!」
桜木先輩は奥村君と来栖さんの手を取ると、ぶんぶんと振りながら握手しました。そして、ちらりとこちらに視線を向けてきます。
「ちなみにこの怪談会では和服っぽい服を着る予定よ。きっと、似合うと思うなぁ~」
ちらっ、ちらっ、と私の方を見ながら、何故か大上君に向けて言っています。
「赤月さん、俺も怪談会に参加しようと思う。だから、赤月さんも一緒にやらない? 赤月さんが和服を着た姿をぜひ見たいんだけれど」
「本音が駄々洩れな上に買収されるの早くないか!?」
「倉吉先輩だって、自分の恋人が普段とは違う服装をするなら、ぜひ見たいって思うでしょう!? 俺は普段の赤月さんも可愛くて好きだけれど、普段とは違う服を着た赤月さんも見たいっ! そして、写真と脳内に永遠なるデータとして残したいんです!」
「……お前、そんな奴だったんだな……。いや、何となく分かってはいたんだが……」
表立って言っていませんが、私と大上君が付き合っていることは、歴史学部の学生ならば薄々、知っていることだったようです。
倉吉先輩は少しだけ引いた様子で大上君を見ていました。
「それとこの怪談会ではわざわざ顔を出さなくてもいいのよ」
「え?」
「顔が見えないように照明を落とすか、もしくは垂れ幕でも張って、上半身だけ隠そうかなと思っていたの。語り手の姿が薄っすら見える方が、雰囲気が出やすいでしょう?」
「なるほど……」
「演出にもこだわっているもんな、七緒は」
「ふっふっふ……。お化け屋敷とは違って、怪談というのは語り手一人の技術によって、聴き手を怖がらせることが出来るもの。驚かせるよりも、難しいのよ。けれどその分、相手の反応がじっくりと確かめられるし、手応えも得やすいのよねぇ」
「お前の怪談、マジで怖いからな……。俺、夜に一人でトイレ行くの躊躇うくらいだぞ」
「あらぁ~。悠ちゃん、付き添ってあげましょうか~?」
「結構だ」
倉吉先輩の返答に桜木先輩はからからと笑いを返しました。普段から、からかっているようですね。
「あ、語り手としての参加じゃなくてもいいのよ。怪談会に使う教室の飾り付けや受付を手伝ってくれるだけでも、十分に助かるから」
どうかしら、と桜木先輩が問いかけてきます。
私は少しだけ、考えます。出来るならば接客関係以外の催し物に参加したいと思っていたので、桜木先輩の提案は魅力的に感じました。
それに人前でお話を語るのは、司書の読み聞かせと似ているので今後のためにも良い経験になると思います。
あと、大上君達がいるので一緒に何かをする、というのは楽しそうだなと純粋に思いました。
「では、私もお手伝いさせて下さい」
そう答えれば、桜木先輩は「いぇーいっ! ありがとー!」と両手を上げて喜んでいました。
そんなわけで、私達一年生四人は桜木先輩が計画する「古今東西怪談会」の運営に携わることになったのでした。