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赤月さん、大学祭について考える。

 

 学部生だけで集合する時間が近付き、そろそろ始まるかなと思っていた時です。


 ばーんっ、と前方の扉が開いたかと思えば、見知らぬ顔の学生が入ってきました。

 もしかすると、上級生の方かもしれません。私が顔と名前を覚えているのは講義が重なる一年生と、時折、言葉を交わす二年生の先輩だけなので。


「おはよう、歴史学部生の皆! 今日は招集に応じてくれてありがとう。私は三年の樋口(ひぐち)八重(やえ)です」


 快活そうな女性──樋口先輩が教壇に立ち、席に座っている学生達を見回します。


「このたび、十月に行われる大学祭の実行委員になりました。そして、こちらは私の補佐」


「はい、どうもー。同じく三年の小坂(こさか)竜次(りゅうじ)です。一年生の人は、ほとんどが初めましてだと思うけれど、これからよろしくね」


 樋口先輩の隣に並んだのは、どこか緩やかな空気を纏っている男子学生でした。

 なるほど、樋口先輩と小坂先輩ですね。顔と名前をしっかり覚えておきたいと思います。


「さて、私は実行委員でもありますが、主な仕事としては歴史学部生と実行委員会との橋渡し役でもあります」


「つまり、歴史学部の学生によって行われる模擬店や企画を円滑に進めるためのまとめ役みたいなものだと思ってね。困ったことや相談したいことがあったら、力になるよー」


「この大学祭への参加は強制ではありません。参加しない学生ももちろんいます。そのあたりは本人の意思によるものなので、咎めることは一切しません。ですが、これから社会に出る皆さんにとって、大学祭を運営するということは予行練習みたいなものです」


 きりっとした表情で樋口先輩は話を続けます。


「社会人になりたくない、絶対に働きたくないでござる、と思う方もいるでしょう」


「何でそこ、ネタを持ってきたの」


 小坂先輩の突っ込みを樋口先輩は華麗にスルーしました。


「それでも、大学祭に参加することによって得られるものはたくさんあります。まずは、他者との交流によってコミュニケーション力が高まります」


「本当、コミュ障には辛いよ、この手の陽キャイベントは」


 うん、うん、と小坂先輩が同意するように頷いています。

 私も人見知りが激しい方なので、知らない人といきなり話せと言われても、戸惑ってしまうでしょう。


「次に協調性が身につきます。文化祭は、他人と協力しなければ成し遂げられません。たとえ! たとえ、嫌いな人間が相手だろうとも! 協力しなければ、成せないことがあるのです! ううっ、世知辛い……」


「中には『協調性なんて、くそくらえだ! ぼっちでも平気な俺、イケてるぜ!』とか思っている人もいるかもしれないけれど、逆に浮くから気を付けてね。本当、後から恥ずかしさで身悶えちゃうと思うから」


 やけに具体的な言葉で諭して下さる小坂先輩ですが、もしかして身に覚えがあるのでしょうか。


「それと、自分に割り当てられた仕事をこなす力や自立性なども培われます」


「社会に出たら、急に自立性とか求められるの、本当に困るんだけれどね」


「そして!!」


 樋口先輩は声を張ります。

 講堂中に響く、はっきりとした声です。


「そして、彼氏!! そう、大学祭とは恋人を得るチャンスでもあるのです!! 片思いをしている相手や密かに気になっていたあの子と近付く大チャンスなのです!」


 拳を握りしめ、熱弁し始める樋口先輩を小坂先輩は引いた目で見ています。


「この手のイベントでは、同じ目標を持ち、体験し、共有することで気になる相手との心の距離を近づけることが出来るのです!」


「つまり、高校とかでよくある『文化祭マジック』ってことじゃん……。彼氏がいないからって、私情を挟んだら駄目でしょ、実行委員……」


「さらに!」


「まだあるの……」


「『歴史学部って何してんの?(笑)』『学んで意味あるの?』なーんて、抜かす陽キャリア充共を大学祭という名の戦場を用いることで、真正面から正々堂々とぼっこぼこに出来るチャンスなのです! 見てろよ、この前、合コンでほざいていた野郎共! お前らに目にもの見せてやるわ!!」


「本命はそっちか。自分が属している学部を貶されたのが、よほど腹が立ったんだな……。──あー……。つまり、樋口の言葉を訳すとね、この大学祭では学部ごとにどれほど盛況か、一位を競うものがあるんだ。例えばだけれど、一位になった学部には学長によるポケットマネーから特産肉が送られたり、学食券が送られたりするんだよ。今年は何が優勝賞品かは知らないけれど」


「肉……!!」


「学食券!!」


 小坂先輩の説明に対し、驚きと喜びの声を上げる学生もいるようですね。これも大学祭を盛り上げ、学生達にやる気を出してもらうためなのかもしれません。


「さぁ、皆さん! 歴史学部による栄光ある一位を取るために、どんな模擬店にしたいか、どんな催しをしたいか、ばんばん提案してください! 皆で素敵な大学祭を作りましょうー!」


 樋口先輩の言葉に反応するように、学生達の中には「おっー!」と元気よく反応する人もいます。何というか、人を惹きつけ、引っ張る力がある先輩で、とても眩しいです。


 私はかなり消極的な性格なので、あんな風に人前で胸を張って、力強く牽引できる人には憧れますね。


「大学祭、か……」


 唸るように呟いたのは後ろの席に座っている奥村君です。


「おや、奥村。君はこの手のイベントは苦手か?」


「どちらかと言えばそうだな。……高校の時の文化祭では人と協力しなくて済むように、調べたものをまとめて展示する類のものばかりしていたし」


「分かります……。私も模擬店などで表に出るよりも、裏方で作業する方が好きでした」


 うんうん、と奥村君に同意していると大上君が苦笑しました。


「俺もこの手のイベントで、表に出るのは苦手かも」


「ほう、意外だな、大上。何か嫌な思い出でもあるのか?」


 来栖さんが直球で訊ねます。大上君は特に言いよどむことなく答えてくれました。


「どうしてなのか分からないけれど、問答無用で着飾らされた後、客寄せパンダみたいに店の前に立たされて、いいように使われていたからさ。遠慮なく写真を撮ってくる人もいて、参っちゃったよ」


 不思議だよねぇと言って笑っていますが、大上君以外の三人は白けた視線で彼を見ています。


「これが無自覚イケメン自慢というものか……」


「むしろ、今回の大学祭で大上を表に出して収益を上げる方がいいんじゃないか? 赤月、君からも説得するんだ。歴史学部が一位を取るための礎となれ、と。君がお願いすれば大上は言うことを聞くからな」


「あは、はは……」


 来栖さん、これは冗談ではなく本気で言っていますね。顔がいつも以上に真顔です。


 周囲の学生達は樋口先輩に、次々と模擬店や催し物について提案しています。

 意見の中には男女逆転メイド&執事喫茶がやりたいと申し出ている人がいましたが、猛者ですか。あ、よく見ると一年生の人です。

 間違いなく、猛者ですね、これは。


「はーい、人前で意見が出しにくいって人は今から配る紙に書いてみてね。後で回収するから。苦手なら、名前も学年も書かなくていいよー。大事なのは自分の意見を提案すること、だからね」


 小坂先輩が気を遣ってくれたのか、意見を出せない学生達に向けてメモ用紙を配り始めました。


 これなら、匿名で目立つことなく意見を出せるのでありがたいですね。

 正直、上級生が一緒にいる場で意見を出せる程、私の胃と心臓は鍛えられていませんので。


 私は大上君達と一緒に、どんなものがいいか相談しながら、メモ用紙に大学祭でやってみたいことを綴りました。


  

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