赤月さん、夏を終える。
大上神社での夏祭りも無事に終わり、私達のアルバイトもこれにて終了です。
夏祭りの後片付けをした次の日に私達は帰ることになりました。
駅まで大上君のお母さんが送ってくれるそうなので、大変助かります。大上君のお父さんである織助さんはお勤めがあるので、先に挨拶をしてきました。
そして今、大上家の玄関先ではお見送りが行われています。
「うぅっ、もう帰っちゃうの~? まだまだ居てもいいんだよ!」
「そうよ! アルバイトのためだけじゃなくって、夏休みいっぱいここに居てくれてもいいのよ!」
「観光しましょ! このあたり、自然しかないけれど! たまに猪とか鹿とか猿が出るけれど!」
「川とか! 川遊びとか! あっ、バーベキューする!?」
帰る直前、花織さんと詩織さんは私達を引き留め、抱き着いてきました。
「姉ちゃん達ももう少ししたら大学の講義が始まるだろ。……川遊びは魅力的だけれど、お盆を過ぎた後は川の水温が下がっているから、却下。赤月さんに風邪を引かせたくないし」
詩織さんに抱きしめられていた私を大上君はぺりっと剥がします。
花織さんに抱き着かれていることちゃんは白ちゃんに目線で助けを求めていますが、彼は楽しげに苦笑しています。
恐らく、ことちゃんが困っている顔が可愛いと思っているのでしょう。あとで助けてあげて下さいね。でないと、ぽこぽこと肩を叩かれますよ。
「はい、これ。畑でとれたお野菜、少しだけれど持って帰ってね」
大上君のおばあさん、真織さんが私達四人にそれぞれビニール袋に入ったお野菜を渡してくれました。
「わぁっ……。ありがとうございます!」
「すみません、僕達までいただいてしまって……」
「ありがとうございます!!」
ビニール袋の中には夏野菜がたくさん入っていました。
最近はお野菜のお値段が高い時もあるので、一人暮らしで自炊している身としてはとても助かります。あとでどんな料理を作るか考えましょうかね。
「ふふっ。こちらこそ、本当にありがとう。……大学に行く前の伊織と比べると、今のこの子が精力的になったのはきっとあなた達のおかげだわ」
ほわほわした笑顔でおばあさんがそう言えば、大上君は気恥ずかしそうに頬を指で掻いていました。
「これからも伊織のことをよろしくね」
「もう、おばあちゃん、やめて! 俺、顔から火が出そうだから!」
「あらあら」
微笑ましげにおばあさんは大上君を見ています。すると、おばあさんの視線が私へと向けられました。
「千穂ちゃん。……この地に来てくれて、ありがとう。あなたと会えて、本当に良かったわ」
「おばあさん……」
おばあさんは私だけに聞こえる声でそう言いました。
「ずっとね、心の奥底にしこりがある状態が続いていたの。それがやっとなくなって、すっきりしているのよ。これも千穂ちゃんのおかげだわ。……あなたには辛い思いもさせてしまったでしょうに……」
「いえ、そんな……。あのことは……私が知りたいと、自分で決めましたから」
私が首を横に振って答えれば、おばあさんはどこか愛おしむように目を細めました。
「今のあなたは心から伊織を想ってくれている。自分でその心を大事にしようと決めてくれた。……それがとても嬉しかったの。本当に、本当にありがとう」
荷物を持っていない方の私の手をおばあさんはそっと両手で包み込みます。そして、目を閉じ、まるで何かに祈るように呟きました。
「……大丈夫。この先、あなた達には笑い合う日々が待っているわ」
それはおばあさんの得意な占いなのか、それとも確信だったのかは分かりません。
私はふわっと笑いました。
「おばあさん。また、いつかここに来たいと思います。私、すっかりこの場所が気に入ってしまったんです」
そう言って小さく笑えば、おばあさんは嬉しそうに破顔しました。
「ええ、ええ。どうか、またいらっしゃって。待っているわ」
頷きながら、おばあさんはゆっくりと手を離しました。
「それじゃあ、そろそろ車に乗りましょうか。電車の時間が来てしまうわ」
大上君のお母さん、伊鈴さんが声をかけてきました。
「はーい。……それじゃあ、またね、おばあちゃん」
「身体には気を付けて。千穂ちゃんと仲良くするのよ」
「それはもちろん。……姉ちゃん達も元気でね。恋人をあまり困らせないようにね」
「分かっているわよ。今度、伊織達にも紹介するわね」
「今度は冬休みにでも帰ってきたら、どうかしら? この辺りの雪景色、とても綺麗だし」
「その時になったら考えておく。じゃあね」
大上君はおばあさんとお姉さん二人に挨拶をしてから背を向けます。
アルバイト組の私達も大上家の皆さんにお世話になりましたと挨拶をしてから、伊鈴さんが用意してくれた車に向かいました。
車はすでに冷房が効いていて、とても涼しいです。伊鈴さんのお心遣いに感謝です。
「忘れ物はないかしら? もし、あったとしても伊織宛に送るから、安心してね」
「ありがとうございます」
「それじゃあ、出発するわね」
運転席に伊鈴さん、助手席に大上君。そして後ろの座席には白ちゃん、ことちゃん、私の順で並んで座りました。
「いやぁ、濃密な日々だったね」
「ご飯、凄く美味しかったな! あっ、もちろん真白が作ってくれるご飯も美味しくて大好きだぞ!」
「はは、分かっているよ」
白ちゃんとことちゃんは軽やかに会話しながら、大上家で過ごした日々を思い返しています。
いや、本当、色んなことがありましたね。大上家に来る前だったら、想像も出来なかったような色んなことが。
ふと、助手席のミラー越しに大上君と視線が交わりました。どうやらこちらを見ていたようですね。
「赤月さん、楽しかった?」
目元を和らげ、大上君は訊ねてきます。
「とても楽しかったです。……大上君、誘って下さってありがとうございました」
「お礼を言いたいのはこちらの方だけれどね。……でも、楽しめたなら良かった」
お互いにふふっと笑います。
夏の思い出として、きっと一生忘れることはないでしょう。そう思えるくらいに濃密で、不思議で、そして満たされる日々でした。
また、いつの日か私はここへと訪れるに違いありません。今度は心に抱く懐かしさを正しく理解して、再びあの地に足を踏み入れるのです。
その時には「千吉」が探していた例の山で採取できるという薬草を持っていって、神社に奉納したいですね。
意味があるのかどうかは分かりません。ただ、千吉の帰りを待っていた「織姫」さんのために、私がそうしたいと思っただけです。
そんなことを思いながら、私は胸に浮かぶ寂しさをゆっくり奥の方へと仕舞い込みました。
いつも「大赤」を読んで下さり、ありがとうございます。夏休み編もこれにて終了です。
一番書きたかった、大上家と赤月家の先祖のお話、それを知った上で二人はどんな答えを出すのか、といった部分を書き終えることができ、ほっとしています。
悩みどころは、書きたいところが終わったのでこの辺りで完結にした方がいいのか、それとも二人のいちゃいちゃをもっと増やして、大学生活をエンジョイしているお話を書いたらいいのか、というところです。
ちょっと悩んでいるので「こんなお話読みたい!」とか「この人にスポットを当てて欲しい!」みたいなことがありましたら、ぜひ教えていただきたいです。
リアルが多忙ゆえに時間はかかりますが、楽しく書きたいと思います。
普通の感想でもとても嬉しいです。家宝にします。小躍りします。
ここまで読んで下さり、ありがとうございました。
イケメンで変態な紳士が書きたいというノリから始まった「大赤」が続いたのも読んで下さる皆様のおかげです。暴走させる大上君は書いていてとても楽しかったです。
完結するにしても、続くにしても、しばらくはまだ続きますのでこれからも「大赤」を宜しくお願い致します。