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赤月さん、大上君と笑い合う。

  

 私はペットボトルを抱え、少し早足で歩きます。神楽を終えた大上君は、きっとすぐに着替えるでしょう。


「……あ、大上君」


 お祭りに参加している人達に見られないようにと配慮しているのか、神楽殿の裏手にある出入り口から大上君が草履を履いて、ちょうど出てくるところでした。


 先程の神楽でもう一人の舞手だった、大上君のお父さんはすでに去った後だったようで、その場には大上君と私の二人だけが残ります。


 神楽殿の裏手にはお祭り用の提灯は飾られていないので、私達を薄っすらと照らしてくれるのは、賑わってくる方から漏れている灯りと月明かりだけでした。


「あれっ、赤月さん?」


 大上君は白い毛皮が畳まれたものを両手で抱えています。その毛皮の上には神楽で使用していた狼の面が載せられていました。


「わざわざ出迎えにきてくれたの? ありがとう、赤月さん……!」


 じーん、と効果音が付きそうな表情で大上君は言いました。

 きっと、彼は頭の中で自由に何かを「想像」しているに違いありません。私はあえて、指摘はしませんでした。


「神楽、お疲れさまでした。……やっぱり、狼の面をつけた舞手は大上君だったんですね」


「仮面と毛皮を被っていたのに、分かったんだ?」


 私が見抜いたことを大上君は驚いているようでした。


「神楽を見た時、なんとなく、そうなのかなって思ったんです。……見入ってしまう程に、とても素敵な神楽でした」


 自分でも驚いたのですが、何故か狼の面の舞手が大上君だと分かりました。

 素直に感想を告げると目の前の大上君は目をぱちぱちと瞬かせ、くしゃりと笑いました。


「……そっか。それなら練習を頑張った甲斐があったかな」


 私の言葉に大上君はどこか照れたような笑みを浮かべています。


「あっ、忘れるところでした! ……はい、大上君。ペットボトルのお茶です。これで水分補給してくださいっ」


「俺の体調のことも考えてくれるなんて、優しい……。さすが俺の天使……。いや、今は巫女姿の赤月さんだった……尊い……。眼福……」


「あの、暑さで朦朧としていませんか? 早く、水分を摂って下さい」


 うわ言のように呟く大上君にずいっとペットボトルを差し出します。


「……あっ。今、両手が塞がっているから、ぜひ赤月さんに飲ませて欲しいなぁ~……なんて」


「はっ! そういえば、そうでした! ええっと、屈んでくれるなら……」


 私の身長では頭一つ以上、背が高い大上君の口にお茶を運ぶことは出来ません。


 大上君は嬉々として、私の目線に合わせて屈んでくれました。これなら何とか届きそうですね。

私はすぐにペットボトルのキャップを開けます。


「はい、あーん」


「くっ……! ……赤月さんが、『あーん』って、言った……! 自ら、言った……! 録音っ、録音しなきゃ……! 俺のスマートフォンはどこ……あっ、自室に置いてきたんだった……! なんて惜しいことを……!」


「早く飲んで下さい」


「んぐっ!?」


 私は大上君の言葉を全て無視して、彼の口元にペットボトルの口を突っ込みました。

 よし、なんとか水分は補給できましたね。


 大上君がある程度のお茶を飲み終えたことを確認した私は彼の口からペットボトルを離し、キャップを閉めました。

 私は一仕事を終えたように、ふっと深い息を吐きます。


「……ちょっと待って。今、口移しでお茶を飲ませてもらえるチャンスだったのでは?」


 とても真面目な顔をしていますが、考えていることはいつもと変わらないですね。


「詩織さん達に言いますよ。大上君がよこしまなことを考えているって」


「ごめんなさい、冗談です。言わないで下さい」


 びしっと背を伸ばす大上君の様子を見て、私は小さく笑います。お姉さん達にはやはり、頭が上がらないようですね。


 大上君は「何か面白かったかな?」と不思議そうに首を傾げていました。


「いえ、何でもありません。……ただ、大上君はいつも通りだなと思っただけでして」


 変わっていないことに安心してしまう自分がいて、つい目を細めてしまいます。


「俺はいつだって、赤月さんのことが大好きだよ!? 全身全霊でアピールしていたけれど、もしや伝わっていなかった……? もっと熱烈に表現した方が良かった?」


「結構です。そこは十分伝わっています。暑苦しいほどに」


 それ以上は受け止めきれないので遠慮しておきたいです。容量というものがあるのです、容量が。

 特に夏場はほどほどにしていただきたいです、暑いので。


 

 すると、ふと耳にお祭りを楽しんでいる人達の声が入ってきました。


 もうすぐ、お祭りも終わりを迎えるのでしょう。

 寂しいような、けれどどこか満たされるような気持ちにもなるのは、お祭り後に味わう特有の感情がこみ上げてくるからです。私はこれが嫌いではありません。


「……今年は赤月さん達がお祭りを手伝ってくれたから、凄く助かったよ。本当にありがとう」


 大上君はお祭りで賑わう人達の声を聞きながら、ほんの少し目を細めました。


「いいえ。私の方こそ、たくさん学ぶことが出来ました。それに……」


 この場所から見えないと分かっていても、私は視線をご神木がある方へと向けました。


「自分の本当の気持ちを理解して、納得出来る機会を得られて、良かったと思います」


「赤月さん……」


 ここに来なければ、自分自身で納得することもなかったですし、何より──ちゃんと大上君が好きだと認識することさえできなかったでしょう。


 もしかすると、小さな不安を次第に募らせ、いつの日か大上君から向けられる感情に対して疑惑を抱き、苦しんでいた可能性もあったかもしれません。


「……また、連れてきてくれますか」


「えっ」


 驚いた表情で大上君は私を見ました。


「ここに、また連れてきてくれると嬉しいです」


 目を見開いていた大上君はやがて、柔らかな表情で嬉しそうに笑いました。


「もちろん。君が望むなら、何度だって」


 それに、と大上君は付け加えます。


「俺と赤月さんが結婚すれば、ここがもう一つの実家になるわけであって、いつだって自由に入り浸れるよ!」


「気が早いです」


 きりっと格好いい表情で言っても、騙されませんよ。

 大上君は「言質が取れると思ったのに……」と残念そうに言っています。


 私は肩を竦めつつ、大上君に苦笑を返せば、彼も小さく笑いました。


「ふふっ……」


「ははっ……」


 お互いに笑い合う声は、お祭りで賑わう人々の声に混じって消えていきました。


  

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