赤月さん、アルバイトに励む。
大上神社の夏祭りがついに始まりました。
お祭りの賑わいは非日常を感じることができるので、結構好きです。ですが、今日の私はお祭りを楽しむためではなく、運営側の人間です。
夏休み中だからなのか、お祭りに来ている方の中に子どもの姿をよく見かけます。どうやら家族連れが多いようですね。
ですが、多いといえば、女の子の参拝者が今のところ一番多いです。
詩織さんが言っていたようにお祭り開始直後に、多くの女の子達が二百個限定の恋結びお守りを求めて授与所へと一気に向かってきます。
しかし、ここは境内です。走ることが憚られる場所なので、女の子達は少しだけ早足で授与所へとやってきました。
「すみませんっ! 恋結びお守りを一つ、お願いします!」
「あっ、ちょっと、追い越すんじゃないわよ! 私が先よ!」
「ちゃんと並びなさいよ! 割り込まないで!」
通常の授与所の隣に、臨時のお守りの授与所を設けているのですが、ただいま大混雑中です。
詩織さんはすぐに収まるからと笑っていましたが、彼女はたった一人で女の子達の対応をしていました。
「よくお参りくださいました。……はい、こちらのお守りですね。……四百円のお返しになります」
てきぱきとお守りの授与を行う詩織さんの姿は、颯爽としていて素敵です。
ですが、私も見ているばかりではありません。
通常の授与所の方にも、お守りやお札を求める方がいらっしゃいますので、私とことちゃんは教えてもらった通りに対応していました。
また、隣の社務所の方ではこの神社の宮司で、大上君の父、織助さんが「お犬替え」のために訪れた方々に対応しています。
先日、大上君に教えてもらいましたが、「お犬替え」とは、初穂料を納めた方に狼の姿が描かれたお札を渡し、去年のお祭りの際に渡していたお札を受け取り、交換することだそうです。
織助さんは交換しに来た方の住所や名前を帳簿のようなものに、筆ですらすらと書いていっています。
その隣では大上君のおばあさんが御朱印を求めてやってきた方の対応をしていて、とても忙しそうです。
大上君と花織さんは禊から戻ってきたようですが、今は恐らく着替えの最中なのでしょう。
「い、忙しい……。思っていたよりも三倍くらいに忙しい……」
私の隣で同じようにお守りとお札の授与を行っていることちゃんは、何とか笑顔を張り付けていますが、少しだけ元気がありません。
「お腹……空いた……」
先程から、「ぎゅるるぅぅぅ……」という鳴き声が聞こえますが、その発生源はことちゃんのお腹です。
「こ、ことちゃん……。もう少しだけ、頑張って……」
「うぅっ……。仕方ないんだ……。いつだって、身体は正直なんだ……」
「どこで覚えたの、そんな言葉……」
「少女漫画だ……」
ことちゃんは身体を動かすための燃料──つまり、食べ物を欲しているようです。
何せ、私達がいる授与所は屋台が並んでいる場所から少し離れているというのに、美味しそうな匂いが風に乗ってくるので、ことちゃんはずっとお腹の虫を鳴らし続けています。
「朝ご飯、三杯もおかわりしたのに……。燃費が悪い自分が恨めしい……」
くっ、と悔しがる表情をしていることちゃんですが、参拝者の方がやってきた時はすぐに表情をきりっとしたものへと切り替えています。
その早業、お見事です。
ことちゃんの巫女装束姿は、手折ることのできない凛とした花のような雰囲気を醸し出しています。
そんなことちゃんの姿を見た参拝者の中には見惚れる方もいるみたいです。
見惚れているところ悪いですが、ことちゃんには彼氏さんがいるのです。
白ちゃんという素敵な幼馴染が。
暫くすると、授与所を訪れる方が少なくなってきました。
隣の臨時の授与所の方に視線を向けると、なんと二百個あったはずの恋結びお守りは一つもありません。
詩織さんはやりきった表情をしており、その姿を目にした私は「さすが、歴戦の猛者……」と思わず呟いてしまいました。
「さて、これで授与所は落ち着くと思うし、先に十五分だけ休憩を貰ってくるわね」
「じゅ、十五分だけだなんて、そんな……」
詩織さんは私達が大上君の巫女神楽を見ることが出来るように時間を調節し、配慮してくれます。
ですが、さすがにお昼の休憩時間が十五分というのは短すぎないでしょうか。
「二人には伊織の神楽をぜひ見て欲しいもの。それにこのくらいの忙しさはどうってことないわ。……そう、大学で期末のレポートを九つ、同じ期日までに仕上げるのに比べれば……!」
詩織さんはどこか達観しているような表情で呟きました。
確かにレポートの提出期日が被ると大変ですよね。同じ大学生なのでその気持ち、とても分かります。
「それじゃあ、休憩に行ってくるわね。何か分からないことが起きたら、社務所にいる父を頼るといいわ。……そういうわけだから、お父さん。よろしくね」
社務所と授与所の建物自体は同じですが、内部は几帳で区切られています。
几帳の向こう側にいる織助さんも了解と言わんばかりに、詩織さんへと返事をしています。
ご飯を食べてくると言って、詩織さんは部屋の奥へと入りました。
「でも、お祭りが始まった時と比べると人の出入りが穏やかになったな」
そう言いつつも、ことちゃんの視線は屋台から流れてくる、美味しそうな匂いの方に向けられています。
「……ことちゃん。巫女装束のまま、屋台に行っちゃ駄目だよ?」
「わ、分かっているって! それに巫女装束のままだと、満足いくまで食べられそうにないし……」
袴を締めているので、お腹が膨れるまで食べられないと言っているのでしょう。
そんなことちゃんに、私は小さく苦笑してから、時計へと視線を向けます。
時計の針はお昼の時刻を示していて、大上君が巫女神楽を舞う時間がゆっくりと迫ってきていました。