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大上君、赤月さんと出会う。

 

 高校生の時、この大学の歴史学部を専攻にして受験した理由としては、「狼信仰」について詳しく知るためだ。


 大上家は狼を神の使いとして信仰している家である。

 信仰と言っても、今年も穀物がたくさん実りますようにと願ったり、害獣除けとして狼が描かれた札を貼ったりする程度だ。大きくはないけれどお祭りや細々とした行事もある。


 実家の周囲には同じように狼信仰をしている家々はあったけれど、全体的な「信仰」として見れば多分、狼信仰をしている家は結構珍しいかもしれない。


 だからもし、数百年前に神の使いである狼と契りを交わした男が戦乱後も生きていたならば、その後も狼を信仰していたのではと考えている。

 それならば、狼信仰をしている地域を絞り、人間の男の子孫を捜せないだろうか、というのが大上家の代々の願いだ。


 その願いは時代とともに薄れつつあるけれど、せっかく大学へ行くのならば、この「狼信仰」について自分で調べていきたいと思っている。


 後々、卒業論文を書くのにも丁度良いテーマだろう。大学に入り、自分で学び、自分で研究すると言うことはそういうものだ。


 たとえ、その男の子孫に会うことが出来たとしても、何か関係を結びたいわけじゃない。

 ただ、自分達の祖である狼が会いたがっていた男の子孫を見つけることが出来れば、と思っている程度だけれど。


 つまり、俺がこの明華大学に入学した理由は民俗学を学ぶためでもあった。

 いつか、大上家の悲願を達成するために。


 別に家族から命じられたわけでも、強制でもないが、大学に進学してもやりたいことや目標が見つからない俺は「大上家」の悲願のためにこの大学を選んだ。


 でも、それだけじゃない。


 歴史学や民俗学を学べるならば、どこの大学でも良かったが、最終的にどうしてこの大学を選んだのかは決定的な理由があるからだ。


「……君がここに来ると分かっていたから、この大学を選んだんだよ、赤月さん」


 そう呟いても今、この場に居ない赤月さんには届かないだろうけれど。


 君と俺が出会った最初の場所はこの大学で、そして受験当日だった。


 今でもはっきりと覚えている。

 見ず知らずの自分に躊躇うことなく、温かな手を伸ばしてきた君を。


 焦がれる程に求めていた人だって、その時やっと気付けたのだから。



・・・・・・・・・・



 受験の時、俺は身体の不調に襲われていた。

 普段は田舎の方で暮らしていたので、他学校から大勢の人間が集まるこの受験の場の空気に慣れていなかったことが原因かもしれない。


 鼻が良い俺は他人の匂いが多く混じる空間に耐え切れなくなってしまい、試験の最中は集中力が途切れ途切れだった。


 せめて、薬でも持っておけば良かったと後悔してももう遅い。試験時はただひたすらに苦痛に耐えるしかなかった。


「くそ……。何で、こんな時に……」


 試験の合間の昼休み、俺は大学内の花壇の傍に座り込んでしまっていた。


 具合が悪いため、人の多い場所で昼食を食べようという気にはなれず、人目がない場所で休むことにしたのだ。

 

 もし、あまりにも具合の悪さが治らないようだったならば、保健室で試験を受けるしかないだろう、なんてことも考えていた。


「はぁー……。気持ち悪い……」


 何度も深呼吸しては冬の冷たい空気を肺の中へと取り込んでいく。


 今、自分はマフラーしか巻いていない。コートは着ていないので肌寒くも感じたけれど、それよりも気分の悪さが勝っていた。


「……午前中の試験、平均点くらいは取れているかな……」


 溜息を吐きつつ、後悔しても遅い。普段の試験ならば、高得点を叩き出すことは余裕だった。


 今回の試験内容だって、ちゃんと文章や式を読み込めば、高得点が取れるものばかりだったのに、身体の不調で上手く集中出来なかったのだ。

 本当に自分らしくないと自嘲するしかない。


「……この歳になって、自己管理も出来ないとか笑えない」


 今まで自分のことにあまり関心を持たなかった結果が、ここに蓄積されているような気がしてならない。


 落ち込んでばかりもいられないし、切り替えなければいけない。

 それでも、この身体は重いままで、顔を上に上げることは出来なかった。


 何となく、で選択肢に入れた大学だったとしても、それでも第一志望校であることには変わりない。


 それなのに、どうして俺はいつも物事に対する活力が出ないんだろう。

 俺は一体、何をしたいんだろう。


「……ずっと、このまま……」


 その先の言葉を呟けなくて、また顔を伏せる。


 そんな時だった。


 人よりも少しだけ鼻が利くからだろうか、嗅いだことはないはずなのに、何故か懐かしくも優しい匂いが鼻先を掠めた気がした。

 そして、こちらに向けて慌てて駆けてくる足音。



「──あの、大丈夫ですか?」



 鈴が鳴ったように軽やかな声が真っすぐに降ってきた。俺はマフラーの中に埋めていた顔を少しだけ上げてみる。


 俺の目の前に立っていたのは赤茶色の髪を肩上で揺らしている女の子で、最初はその幼顔を見て、中学生かと思った。

 身長も低いし、着ているコートの方がその女の子の身体よりも大きい。


 でも、彼女の瞳は俺のことをただ、心配そうな表情で見つめていた。そこに不純な感情は一切混じっていない。

 だからだろうか、その瞳に魅せられたように俺は動けなくなっていた。



 それが、俺と赤月さんの最初の出会いだった。


 

 

いつも読んでくださり、ありがとうございます。

突然ですが、明日の10日から20日まで、私用で忙しく執筆環境にいないため、更新をお休みさせて頂きたいと思います。

もしかすると16日は時間があるかもしれないので、その場合は更新したいと思います。

大変ご迷惑をおかけしてしまいますが、どうぞ宜しくお願い致します。


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