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赤月さん、早起きする。

 

 ふと、目が覚めた私は薄暗い部屋の壁にかかっている時計に視線を向けました。

 時間はまだ朝の五時に差し掛かったばかりで、障子の向こう側に広がっている外はほんの少し明るいだけです。

 まだ、陽が昇る前の空が白み始めた時間帯なのでしょう。


 本当ならば、あと一時間半ほど寝ていていいのですが、微妙な時間帯に起きてしまったせいで、もう一度、布団の上に横になって目を閉じても眠ることは出来ませんでした。

 これは完全に目が冴えてしまっていますね。


 私は隣で眠っている、ことちゃんの方に視線を向けます。何か美味しいものを食べている夢でも見ているのか、口元がむにゃむにゃと動いていました。

 表情も薄っすらと笑みが浮かんでいて、寝顔が可愛いですね。


 持参している本でも読もうかと思ったのですがわざわざ電気を点けて、せっかく寝ていることちゃんを起こすわけにもいかないので、静かに着替えることにしました。

 巫女装束に着替えるのは朝食を食べ終わった後なので、今は普段着です。


 夏場とは言え、朝方は少し涼しいので薄手の上着を羽織ることにします。


 出来るだけ音を立てないように着替えた後、私は部屋を出るためにそっと襖を開けました。

 廊下だけでなく、家全体が静まり返っていて、何だか別世界にいるような感覚がじわりと伝わってきます。


「……」

 

 日中とは違い、あまりにも静かな空間に響くのは、私の吐息だけです。

 物音でことちゃんを起こしていないことを確認してから、襖をゆっくりと閉めました。


「……とりあえず、顔を洗ってこようかな」


 この時間帯なので、さすがにまだ大上君のご家族も起きてはいないようです。

 足音を立てないように廊下を歩きつつ、洗面所で顔を洗っている時でした。


 私が水をぱしゃぱしゃと音を立てていることに気付いたのか、どなたかの足音が近くまで来ていました。


「──ん? 誰か、起きているの?」


 柔らかな声が聞こえて、顔を少し濡らしたまま、私が振り返れば、洗面所に入ってきたのは大上君でした。

 私の顔を見た大上君はよほど驚いたのか、目を大きく見開いていました。


 あ、大上君の右の耳上あたりの髪の毛が小さくはねていますね。

 可愛い寝癖です。


「えっ、赤月さん!?」


 大上君は二度ほど、目を擦っては私をその瞳に映します。どうやら夢か現実かの確認をしたようですね。


「大上君、おはようございます」


「うん、おはよう。……って、随分と早起きだね? まだ朝ご飯の時間じゃないよ?」


「今日は何故か、早めに目が覚めてしまって……。大上君こそ、早起きですね」


 私はタオルで顔を拭いてから、洗面所の前から動き、大上君へと場所を交代しました。


「俺も今日は何だかいつもよりも早起きしちゃったんだよねぇ。目が冴えたから、せっかくだし舞の朝練でもしようかと思って」


「舞の練習を……? 観に行ってもいいですか?」


「えっ……う、それは、ちょっと、恥ずかしい……かな」


 大上君は気まずそうに私から視線を逸らしていきます。


「ふふ、それでは本番を楽しみにしておきますね」


「……うん、そうしてくれると助かるかな、精神的に」


 さて、大上君に断られてしまったので、朝ご飯の時間までどのように過ごしましょうか。


 小さく悩んでいると、顔を洗い終わった大上君がこちらへと振り返りました。はねていた寝癖もついでに直したようですね。


「赤月さん。もしかして、早く起き過ぎてすることがないから、何をしようか悩んでいるのかな?」


「そうですね。……お借りしている部屋で本を読もうと思ったのですが、ことちゃんがまだ寝ていますし……。あ、神社の周りを散歩してきてもいいですかね?」


「散歩?」


「はい。誰もいない時間帯って、とても貴重なのでゆっくり散歩しつつ、朝の空気を味わいたいなぁって」


 実は夏の朝の空気が好きなんです。

 この場所は山に近いので、きっと空気が美味しいでしょう。


 すると大上君は少し考える素振りを見せてから、にこりと笑い返してきました。


「それなら俺も同行させてもらおうかな」


「え? ……朝練はいいのですか?」


「早起きしたから、ついでにと思っていただけだし。練習なら、自室で夜の時間にも出来るからね。それよりも今は赤月さんと一緒にいたいな」


 一緒にいたい、という言葉に私の頬が熱くなっていく気がしました。

 いつだって真っ直ぐに言葉を告げますね、大上君は。そういうところは見習いたいです。


「赤月さんさえ良ければ、俺と一緒に朝デート、する?」


「あれ……? 私は『散歩』をするつもりでしたが、いつのまに『デート』に……?」


 ですが、大上君はいつだって安定です。


「だって! せっかく夏休みに入ったのに、赤月さんとは会えないし、一緒にはいられないし、デートもしていないんだもんっ! もっと、いちゃいちゃしたいんだもんっ!」


 さすがに朝方の、誰もが寝ている時間帯なので大上君は小声で叫びました。

 心の声はどんな時も素直ですね。


「それに実家だと人目が多すぎて、中々二人きりになれないし、あんなことやこんなことが出来ない……! くっ……!」


「あんなことやこんなことって一体、何を計画していたんですか、あなたは……」


 大上君はやはりいつも通りのようですね。私は肩を竦めつつ、苦笑しました。


「……でも、少しだけならいいですよ。私も……大上君と一緒に、散歩したいです」


「赤月さん!」


 大上君が両手を広げて、私の方に近付いてきたので、さっと避けました。

 今、間違いなく抱き着こうとしましたね。ちゃっかりしている大上君です。


「うう、避けられた……。悲しい……」


「大上君の家族の誰かに見られたら恥ずかしいじゃないですか!」


 私が小声で反論すると、大上君はけろっとした表情で答えます。


「皆、まだ寝ているから大丈夫だよ。今ならば、触れ合い放題だよ」


「そういう問題じゃないです。触れないです」


「もう、赤月さんは照れ屋さんだなぁ~」


「大上君が積極的過ぎるんです。……普通は自分が恋人といちゃいちゃしているところを家族には目撃されたくはないと思いますが」


「そうだね。赤月さんが照れている姿を見ていいのは俺だけだからね。家族には見せないように工夫しながら、いちゃいちゃすることにしよう」


「だから、そういうことでは……。……はぁ、もう、いいです。ほら、とりあえず、お外に散歩に行きましょう。ここで話していたら、誰かが起きてしまうかもしれませんし」


「うん!」


 満面の笑みを浮かべる大上君ですが、朝から元気ですね。


 でも、本当はこの静かすぎる空間で、一人で過ごすのは少し寂しいと思っていたので、早起きした大上君とここで会えて良かったです。


 ふと、心の奥が弾んでいる気がして、私は表情に出ないようにと努めました。


 大上君の実家にいるとは言え、二人きりになることはほとんどないので……もしかすると私の方こそ、大上君と一緒にいられる時間が嬉しいのかもしれません。

 絶対に、本人には言いませんが。


 

 

いつも読んで下さり、ありがとうございます。

リアル多忙故に、更新頻度がかなり落ちていて、大変申し訳なく思います。

時間がある時に、出来るだけ更新できるように頑張りますので、待って頂けると嬉しいです。

 

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