赤月さん、大上君に追いかけられる。
私、赤月千穂は大学に入学して、一週間が経ちました。
親元を離れての一人暮らしは少しだけ寂しかったのですが高校時代からの友達も同じ大学にいるので、大学生活はそれなりに楽しく過ごせています。
授業も知らないことばかりなので、とてもためになっています。
そう、普通に過ごしていたのです。それなのに、今の状況は一体どういうことなのでしょうか。
「赤月さん」
「ひぃっ……」
私の名前を爽やかな笑顔を浮かべながら呼ぶのは同じ大学で同学年の大上伊織君です。
私はどちらかと言えば、大人しい性格で人の後ろについて回って、影から周囲を観察するような人間なのですが、目の前にいるこの人は違います。同じ人間とは思えない程に爽やか過ぎるのです。
大上君の周りはいつも賑やかです。同じような雰囲気を持った方々に囲まれています。そして、大上君もいつもきらきら光っています。
背も高く、顔も整っている方なので、とてもおモテになるようです。……正直、眩しいのであまり直視したくはないですが。
「追いかけてごめんね? 随分、息が上がっているみたいだけれど、大丈夫?」
「謝るならば、追いかけて来ないで下さいっ! 誰のせいだと思っているのですかっ」
私は涙を瞳に浮かべながら講義で使う長い机越しに吠えます。
つい数十分程前から、私は何故か大上君に追いかけられているのです。
そういえば、入学式の時も大上君に話しかけられましたね。その後、彼はすぐに友達に囲まれていましたが。あ、別に元々の知り合いというわけではありません。
ただ、話しかけてきたという感じだったので、友達を作ろうとしていらっしゃったのでしょう。
ですが、彼が私に話しかけて来るのはそれだけには留まりませんでした。
毎日……いえ、毎講義で会うたびに、私に声をかけてくるのです。その頻度はかなり激しいです。
受ける講義が被った時には隣に座られそうになったので、すぐにトイレに行くふりをして逃げました。どうしてこの人は私に話しかけて来るのだろうと不思議です。
友達枠ならば足りているのではと思える程に、大上君の周りには友達がたくさんいます。もはや侍り状態です。両手に大輪です。
「うぅ……。一体、何の用なんですか……」
そして、数十分前、大学の校舎の廊下を歩いていた私を見つけた大上君は案の定、声をかけてきたので、そのことに驚いた私はつい走って逃げてしまったのです。
逃げれば追いかけたくなるというのが性というものなのでしょうか。大上君は私を迷うことなく追いかけてきました。
ですが、私にとってはあまり仲の良くない男性に追いかけられるのはただの恐怖です。女心を分かっていません。
いいですか、恐怖です。
それでも大上君は爽やかな笑顔で手を振りながら追いかけてくるので、意味が分かりません。
結局、廊下の先は行き止まりの教室しかなかったので、私は空き教室に入って、現状況とも言える攻防を続けているのです。
もう夕方なので早く帰りたいです。
あ、でもこのまま帰って、私が住んでいる家を特定されたら面倒ですね。やはり、どこかで彼を撒くしかないでしょう。
「赤月さんとお喋りしたいのに、いつも逃げられるからさ」
「逃げられるということは、あなたとは話したくはないという意思表示の一つです。どうしていつも私に話しかけて来るんですかっ」
たまに大上君と一緒に居る女性陣から冷たい目で見られていることに気付いていませんね?
それはそうですよね、だって、あなたは私の方を見ているので、背後にいる女性の視線なんて気付きませんよね。
怖いです。女の敵は女なんです。私は平穏に大学生活を楽しく過ごしたいだけなのに!
「だって、赤月さんのことを知りたいから」
そう言って、にじみ寄ってこようとしていますが、長い机に阻まれているので、大上君はこちらには来られないようです。
このまま、大上君に気付かれないように何とか出入り口の扉の方へと移動して、廊下へと逃げたいですが上手くいくでしょうか。
「私は別に大上君のことは知りたいなんて思っていないので! どうぞ、このちびでまな板でチキンな私のことはお気になさらず、一生! むしろ、視界から外して頂いて構いませんので!」
出来るだけ関わりたくはないと告げたつもりですが、伝わっているでしょうか。
「わっ、俺の名前、知っていてくれたんだ。嬉しいなぁ」
ぽつりと呟いてから、大上君は何故か頬を赤く染めていきます。
ですが、どうして名前を知っているだけでそれほど嬉しそうな顔が出来るのですか。
それに大上君は新入生の中では有名人な方なので、知らない人はいないと思います。名前と顔を覚えるのが苦手な私でも知っていましたからね!
というよりも、友達から世間話ついでに聞いただけですが。